スポーツを有料で見る。90年代から始まった、お金を払って好みのスポーツを見る文化は、国際的企業の上陸に伴い、地上波無料放送という従来の枠組みから大きく変化を遂げている。配信会社の日本市場の分析、戦略から、変革期に普及を模索する国内競技団体まで。その動向に迫る。第1回は7日に開催されるボクシングの世界戦、井上尚弥(29=帝拳)-ノニト・ドネア(39=フィリピン)を配信するアマゾンジャパンに聞く。

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「プライム・ビデオで独占ライブ配信」「月500円で見放題」

ボクシング、井上尚弥対ノニト・ドネアの世界戦が迫り、その広告を見かける機会も多くなってきた。

その言葉の後に表示される、ニッコリした口元を表すロゴ。米国の主要IT企業GAFAの一角を占めるアマゾン、その日本支社であるアマゾンジャパンにとって、スポーツ配信は2度目の機会となる。

1度目は4月、同じくボクシングのミドル級王座決定戦、村田諒太対ゴロフキン戦だった。

ジャパンカントリーマネージャーの児玉隆志氏は、「社内的な評価は大成功でした」と具体的な数字は伏せながらも、手応えをみせる。総視聴数では、映画、アニメなどの作品配信を含めても、日本の配信初日の視聴者数が歴代1位。新規会員獲得でも「つま先立ち」の高い目標をほぼ達成したという。

ただ、同時に「場が温まってない」とも感じたとする。「プライム・ビデオでこのカードをやると認知していた方は約25%でした」。メディアを通じた宣伝などにも力を入れ、目標値は満たしたが、十分でないと分析する。

そもそも、アマゾンは既存スポーツ動画配信会社とは、出自が異なる。企業の成長を築いたのは書籍のオンライン販売。月額制のプライム会員になれば、配送料無料などの優遇を受けられる。そして、そのサービスのもう1つの軸がデジタル特典であり、その中に動画配信がある。

日本でのプライム会員数は公表していない。ただ、20年には創業者のジェフ・ベソスが世界の会員数が2億人を突破したと発表している。圧倒的な既存会員の力に、スポーツでの新規会員にシェア拡大をもくろむ。

これまでは映画、アニメが主。「スポーツを見るためにプライム・ビデオのアプリを開く習慣がない。1発目だからこそ、村田さんみたいなスペシャルカードが必要でした」と日本での好機とにらんだ。その国での人気スポーツに狙いを定める。米国はアメフト、英国はサッカー、フランスはテニス、インドはクリケットなど。

では日本は?

「ボクシングは人気調査をすれば10位以下かもしれませんが、対戦者でその価値が変わる」

時には野球、サッカーと国内での人気競技を上回ると見定めた。3年ほど前からコンテンツを探し、勝負をかけたのが村田戦だった。そして二の矢が井上戦となる。

課題は認知度の向上。村田戦では、会場のさいたまスーパーアリーナに「どうやったらプライム・ビデオって見られるのか?」と電話をかける人もいたという。ネット配信に馴染みがない高齢者などにどう届けるか。「そこは伸びしろだと思っています」と改善を図る。

逆に、前向きな声もあった。「たまたまボクシングを見て興味を持ちました」。配送サービス目当ての会員が、「たまたま」目にできること。これはスポーツ専門ではありえない。

児玉氏は強調する。

「地上波で無料でやるのは一番良いと思う。フォーマット、タイミングが合わない状況となった時、DAZNさんなどが担う。ただ、何千円払ってても見るコアファンはそれで良いですが、新しいライトファン、ユーザーが育ちにくい。その間にプライム・ビデオみたいなものが出てきて、何百万の方が見る、ビジネスとしても選手に還元できるとなれば。ファンの創出と、ビジネスとしての成立、このバランスがちょうど良いところを担い、お客さまにも喜んでもらい、スポーツの発展にも協力できればいい」

他会社では4ケタの月額費が主の中で、500円という“安値”は際立つ。放映権の高騰などで地上波が放送を断念する中で、安価を支えに普及まで行えると説く。村田のファイトマネーは約6億円だったともされる。確かに、競技の普及、魅力に貢献してる事実はあるだろう。

今後も、恒常性より瞬間性を重視していくという。「PPVも含めて、その都度のイベントでニーズを探りたい」。後発組だからこそ、二分化したと見る配信環境の架け橋に勝機を見いだす。【阿部健吾】