柔道男子73キロ級で五輪2連覇の大野将平(31=旭化成)が、24年パリ五輪での3連覇を目指さず、来年度から英国で指導者として研修を行うことになった。7日に都内で会見。1つの節目と語ったが「柔道家に引退はない」と所属の旭化成には選手兼コーチとして残る。今後の試合は未定。日本柔道の体現者が新たな道に進む。
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登壇し、大野は深く礼をした。その所作でも、「道」としての柔道の礼節を代表してきた。この日も、同じだった。
「来年度よりJOC(日本オリンピック委員会)の海外指導者研修制度を使用して2年間、英国へ行くことが決定しましたのでご報告させていただきます」。悩み抜き、結論を出した。
必然、期間中に行われるパリ五輪での3連覇は目指さない。東京五輪が1年延期され、従来は4年周期が3年に。1年間休み、挑む覚悟を固める前に、選考争いが始まった。試合に出るため、「本当に生きるか死ぬか、命をかけたもの」として全身全霊をかけてきた。身をそぐ気持ちを再び固める猶予がなかった。
東京五輪での経験も大きかった。「心燃えるような大会が出てこなかった」。母国開催での2連覇を超える魅力をパリに見いだせなかった。豪快に投げる一本柔道を貫き、王者として君臨してきた。「同じ階級にやりたい選手がいない」という現実もあった。
ただ、柔の道に終わりはない。会見では、「柔道家に引退はない、一生修業。引退、一戦を退く、というような、小さな枠組みで捉えていただきたくない」と望んだ。所属の旭化成には選手兼コーチとして残る。「(柔道に)違った接し方が見えてきたら、もう1度試合に出るかも知れない」との未来を示した。
これからも稽古は続けていき、まずは欧州に身を置く。同地では日本以上に、その柔道スタイル、振る舞いから体現者として人気がある。熱を感じながら、各地を巡る。「柔道を極めたい」。その一心には、他競技と比べた時に、柔道独自の価値を伝える、複眼的な視点を探したい思いもある。頭にあるのは、競技人口が減る日本で、どう魅力を伝えられるか。「楽しさを思い出して、帰って来られたら」。いまは日本を離れ、日本柔道のために道をゆく。【阿部健吾】
◆大野将平(おおの・しょうへい)1992年(平4)2月3日、山口県生まれ。東京・世田谷学園高-天理大-旭化成。中学生で上京し、古賀稔彦、吉田秀彦、海老沼匡らを輩出した柔道私塾「講道学舎」で鍛え上げられた。13、15、19年世界選手権優勝。16年リオ、21年東京五輪優勝。右組み。得意技は大外刈りと内股。趣味はサウナ。海外では「サムライ」と呼ばれる。170センチ。


