日本女子最多のオリンピック(五輪)メダル通算10個を誇るスピードスケートの高木美帆(31=TOKIOインカラミ)が6日、都内で引退会見に臨んだ。
主な一問一答は以下の通り。
-今の率直な気持ちは
高木 自分の中で現役を退くということに対して、すごく寂しいなって思う気持ちとか、ぽっかり穴があいてしまったっていうようなことを感じていなくて。きっと1つは私のこれからの人生にも、今まで経験してきて、ともに歩んできたスピードスケートの時間というのは、なくなることはないだろうなとは思っていて。なので、すごくしんみりした時間を過ごしたというのもないけど、今日靴を(会場に)持って来ているけど、この靴に足を入れた瞬間のあの感じをもう味わうことはないんだなって思うと、そういういろんなシーンをふと思い出す時には本当に引退したんだなって実感が湧く時はある。自分にとって、スピードスケートってずっとなくならないものだなと思うと同時に、いまだに実感が湧いていないところもある。
-引退を決めた理由やその経緯は
高木 引退を決めるにあたって、何か大きな出来事があったとか、そういうタイミングがあったわけではなくて、私の中で少しずつ自分が求めるアスリート像になかなかなりきれていないなと感じる時間が増えていく中で、自分にとってのスピードスケートというものだったり、アスリートとしてどうありたいかを考える時間がこの2年ぐらい増えてきたのが大きいとは思っている。
自分のリザルトが少しずつ悪くなっていってしまったり、自分のタイムも伸ばすことができないことに対して、確かにフラストレーションがたまっている部分もあったけど、例えば8年前、4年前みたいに強い気持ちでさらにもっと上に行こうというのを、自分を律して押し上げていくパッションみたいなものが少しずつなくなっているなと感じていた。だからといってスピードスケートに対して本気になれていないとか、そういうわけではなくて、ただ自分のスピードスケートに対しての向き合いが少しずつアスリートとしてだけではなくて、人生の一部になっているものを感じた時に、私自身をここまで引っ張り上げてくれたアスリートとして挑む時間も減ってきているのであれば、今が退くタイミングなのかなってすんなり受け入れたところがあった。
大きな理由としては、いつも自分が憧れたアスリート像をこの先4年間全うすることは、もう1年間も含めて厳しいなかなとなった時に、また頑張りたという気持ちがないことを考え、引退することを決断したというより、受け入れたって感じですね。
-最も印象に残っているレースは
高木 何をもって一番印象に残っているかを自分に問うかによって変わってくる。いつまで経っても忘れないだろうなという悔しい思いをしたレースも印象に残っているし、逆にあそこまで高揚した気持ちはこの先なかなか味わうことができないんだろうなと思うように、世界新を出した1500メートルのレースもある。一番を決めるのは今になって難しい。
-自身にとってのスピードスケートとは
高木 ありきたりな言葉になってしまうけど、たくさんの経験を運んできてくれたものではあるし、本気になる環境が自分にとってのスピードスケートだったので、なかなかそういうものに出会えるのは、そういうものに自分の人生の中で出会えたっていうのは、すごくありがたいこと。最終的には自分をここまで作ってくれたものの1つに、スピードスケートというものがあるので、それはずっとなくならないし、この先スピードスケートに関わるかどうかは分からないけど、私の思い出、経験として、ずっとそばにいてくれるもの。
-今後のあり方について
高木 本当に全く未定なところはある。私の中でいくつか現役のころから興味を持っているものがあって、その分野に対して今は知識だったり自分の経験から、自分なりの考えを見つけていきたいなと思っている段階。今まではスピードスケートというすごい狭い世界で、1つのものに集中する時間を費やしてきたので、いろんな経験しながら、思うままに進んでいきたいなと考えているところです。
◆高木美帆(たかぎ・みほ)1994年(平6)5月22日、北海道幕別町生まれ。兄、姉の影響で5歳からスケートを始める。日本スピードスケート史上最年少の15歳で10年バンクーバー五輪出場。帯広南商-日体大卒。18年平昌で3個、22年北京で4個、26年ミラノ・コルティナで3個のメダルを獲得し、日本女子で夏冬通じて最多の通算10メダル。19年に1500メートルで1分49秒83の世界記録をマークし、W杯では日本勢最多の38勝。165センチ。


