ラグビーの元日本代表選手で、指導者として高校日本一に導いた「泣き虫先生」こと山口良治(やまぐち・よしはる)さんが29日午前8時13分、脳梗塞のため京都市内の病院で亡くなった。83歳。伏見工高(現京都工学院高)の監督、総監督として全国高校大会で4度の優勝と2度の準優勝。ドラマや映画でブームを巻き起こした「スクール☆ウォーズ」のモデルとして知られた。

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30年近く前に、山口先生と一度だけ話をしたことがある。それも電話でだ。あのときの緊張と安堵感、そして喜びを忘れない。

1997年(平成9)、当時私が静岡支局にいた際、まだ花園経験のなかった浜松工ラグビー部のヘッドコーチに、スティーブ・ジョンソンさんが就任するというニュースを書こうとしていた。そう、あの伝説のドラマの外国人コーチ、マーク・ジョンソンのモデルになった方だ。

バリバリのスクールウォーズ世代の私は、「あのマークだ」とミーハー気分半ばに本人の取材を行い、すぐに執筆にとりかかろうとした。いや待てよ、何かが足りない。そうだ、泣き虫先生のコメントがほしい。今思えば怖いもの知らずの29歳若造だったが、もちろんビビりながら伏見工に電話をかけた。

「日刊スポーツ新聞社静岡支局の野上と申しますが、ラグビー部の山口先生はいらっしゃいますでしょうか」。「はい、少々お待ちください」。そこからの、わずか数十秒の間にも、「多忙であろう大監督にいきなり電話して、無礼かな、怒られるかな、どうしようかな」と急におじけづいて固まっていると、「はい山口です!どうしましたかぁ!」とテレビで観たまんまの元気な声が響いた。

その温かみのある大きな声に一瞬で緊張は消えた。面識のないラグビー未経験者のアポなし電話にも、適当にあしらうことは一切せず、それはそれは丁寧に対応してくれた。そして最後には「いつかスティーブと花園で対戦したいもんだなぁ、ハッハッハ」と、こちらにとってはこれ以上ないありがたいコメントもいただけた。

来るもの拒まず、誰に対しても分け隔てなく、真摯に、思い切りぶつかり返してくれる。ドラマはフィクションではなかった。それからは、「あの泣き虫先生に直電できた」ことが密かな自信となり、記者としてもカメラマンとしても、ビビらず、真正面から取材対象に向かえるようになった気がする。

いつか直接お会いしてあの時のお礼を伝えたかったが、かなわなかった。本当にありがとうございました【写真映像部・野上伸悟】