日本水泳界の名将、鶴峯治氏が2日午前1時47分、肺炎のため愛知県豊田市の病院で死去した。73歳。鹿児島県出身。61年に自衛隊入りしてから本格的に競泳を始め、64年東京、68年メキシコ五輪に出場。64年には五輪200メートル平泳ぎで6位に入賞した。指導者としても広島・尾道高、中京大で多くの五輪選手を育て、84年ロサンゼルス五輪などで代表コーチも務めた。
70、80年代の低迷期に、日本競泳界を支えた。現役引退後に尾道高に赴任し、猛練習で同校を高校屈指の強豪に育てた。72年ミュンヘン五輪男子100メートル平泳ぎ金メダルの田口信教を輩出し、76年モントリオール五輪では男子全選手を同校の現役かOBが占めた。79年に中京高に移った後も多くの選手を育て、現在は中京大水泳部顧問だった。
十数年前に体を壊して指導の第一線から退いたが、20年東京五輪決定を喜んでいたという。尾道高時代の78年に100、200メートル平泳ぎ世界ランク1位になった中京大の高橋繁浩監督は「鶴さんは厳しい半面、愛情をもって指導してくれた。指導者となった我々教え子を、もっと見守ってほしかった」と残念がった。



