超最新バーチャル技術で東京五輪が見えた その1
超最新バーチャル技術で2016年東京五輪が見えた-。今年4月に来日したIOC(国際オリンピック委員会)の評価委員が、晴海の五輪スタジアム建設予定地でゴーグルをかけ、周囲を眺めながら笑顔を見せていたシーンが印象的だった。数多くのメディアでも取り上げられた。16人の委員はゴーグルを通して、現場に実際にスタジアムが建つ様子を、さらに男子100メートル決勝レースを満員の観衆とともに体感していたのだ。このバーチャル映像システムは6月、スイス・ローザンヌで開かれた候補都市のプレゼンテーションにも持ち込まれ、IOC委員からも高く評価された。このシステムを開発した東大池内研究室の池内克史教授に話を聞いた。
- 複合現実感について語る東大・池内教授
-まだ何もない晴海の予定地にスタジアムを建ててしまったわけですね
池内教授 「複合現実感」というシステムです。実際の背景映像にスタジアムのコンピューターグラフィック(CG)映像を重ね合わせて、晴海の土地にスタジアムが現実的に存在するように見せたのです。ポイントは2つです。仮想のスタジアムを背景の正しい位置にきちっと表示すること。もう1つは影や色合いなどの情報を背景に調和させてしっかり表示することです。前者を「幾何学的整合性」、後者を「光学的整合性」と呼んでいます。
-その2つの条件がそろって初めてバーチャル映像ができ上がる
池内教授 複合現実感は私たちだけではなく、日本でも世界でも多くの人が研究しているんですが、その大半の研究者が「幾何学的整合性」に取り組んでいる。僕はヘソ曲がりなので違うことをやっています。「光学的整合性」ですね。実際の背景、周辺と同じような影がついていないと違和感が出てきます。その時の日照条件などに合った、同じような影を出すことが大切で、魚眼レンズを使って周辺の明るさを細密に測って、どうしたら現実に近い影ができるかを計算します。そんなシステムをつくり上げたところ、東京都の五輪招致にも採用していただいたわけです。
-実際に晴海の現場では
池内教授 位置の整合性に関してはバードウエアに依存しました。ゴーグルはキヤノン社製で、これには小さなカメラがついています。これで実際の晴海の現場の映像を取り込みました。ポヒマス社製のデバイスが現場に磁場を発生させて、この磁場をゴーグルについた小型センサーが感知します。これに応じて、ゴーグルの位置や向きが計算され、キャドセンターさんが作成されたスタジアムのモデルを、計算されたゴーグルの位置に従ってゴーグル内に表示します。これに晴海の現場の映像を重ねることで、ゴーグル内のディスプレイに実際にスタジアムができ上がったような映像を映し出しました。さらに、スタジアムの映像には違和感がないように私たちのシステムを駆使して陰影をつけたわけです。これで360度、どこを見てもリアルな映像が目に飛び込んでくることになりました。
- 実際の映像に仮想のCG映像を重ね合わせても、陰影情報が正しくないと上写真のように物体が浮き上がって見える。下写真のように正しい陰影情報を付加すると本物らしい映像が作成される (東大・池内研究室資料より)
-複合現実感や、影や色合いの光学的整合性の研究はどんな分野に生かされているのですか
池内教授 我々の研究室では本来、文化遺産のコンテンツ化やその表示に取り組んでいます。文化遺産は非常に高価、貴重で、しかも、失われてしまう可能性もある。例えば今、カンボジアにあるバイヨン寺院のデジタルアーカイブ化をJSA(日本国政府アンコール遺跡救済チーム)という組織と共同で進めています。この寺院の中央には大きな塔がありますが、これが年々傾いてきていて、倒れてしまう可能性もあると言われている。これをデジタルデータで残しておこうという試みです。また、奈良県の明日香村ではかつての飛鳥京をバーチャルでよみがえらせようというプロジェクトにも取り組んでいます。こちらは奈良文化財研究所、橿原考古学研究所の資料、地図、残っている図面、遺跡などから当時の浄御原宮、エビノコ郭、飛鳥寺、飛鳥苑池、石神遺跡などを映像化し、複合現実感で復元しようというものです。これらは文部科学省の「知的資産の電子的な保存・活用を支援するソフトウエア技術基盤の構築」プロジェクトの援助などを受けて行っていた研究です。このプロジェクト自体は今年の3月で終了しましたが、今後は「デジタルミュージアム」という新しいプロジェトの枠組みの中で続けて行こうと思っています。
-バーチャルにはどんなメリットがあるのですか
池内教授 かつて存在した建物を実際に復元するという方法もありますよね。確かに建物を建ててしまうというのも迫力はあると思いますが、飛鳥京などは時代によって建物の位置が変わったりしています。研究者によっていろいろな説もあったりして、論争が起こったりします。これもバーチャルならば自在に見ることができるし、学者同士の論争が終わるまで建てられないといったこともない。ギリシャのパルテノン神殿は1度復元したところ、実は間違っていたということになって、復元をやり直したと聞きました。パルテノンは石造りだからできたけれど、日本のような木造建築だとそうもいかない。さらに、復元のために樹齢1000年の木を切り倒すなどどいうのも、あまり長く続けていくと環境破壊になりかねません。
-確かに自在性がありますね
池内教授 宮大工の技術などというのは日本の伝統ですから、そういうものを後世に伝えていくということでは復元作業も必要でしょう。ただそればかりでも駄目だと思うので、復元とバーチャルをうまくミックスしてやっていくのが一番いいのではないかと考えています。もう1つ、復元というのは現場の下の遺跡を壊してしまう可能性があります。ローマ市のアウグストス神殿という遺跡でもデジタルデータを取っているのですが、ローマ市では、掘れば掘るだけ下に遺跡が出てくるので復元ができないと聞きました。それでローマ市は、私たちの技術に大変興味を持ってくれています。実際の遺跡にまったく手を加えずに仮想のものを見ることができる。明日香村でもあの地域の土地を全部買い取って復元工事をする考え方もあると思いますが、そうすると現在明日香村で暮らしている人々の生活はどうなってしまうのか。現場の状況に応じて、なるべく現場に手を加えずに遺跡を保護しながらバーチャルで表示できるという点で、複合現実感はいいのではないでしょうか。
-研究が五輪招致活動にも生かされたわけですね
池内教授 今回の五輪招致のようにゴーグルで見るという形は、明日香村で石舞台古墳のデータを取っていた時に、村長と石舞台をどうやって再現するかという話になったのがきっかけでした。大きなシアターをつくって見てもらうのもいいのですが、何か未来的な方向性はないかということで、メガネをかけると浮き上がるのはどうかということになり、それがこのシステムをつくるきっかけになりました。ゴーグルをかけて現場に立つと、かつてそこに存在した文化財が浮かび上がるというシステムですね。私たちの研究は基本的に2つのことをやっています。1つはどうやって文化財コンテンツをつくるか、もう1つはどうやって文化財コンテンツを表示するかということです。今回の五輪に関して使用したのは表示技術の方です。この文化財コンテンツをつくることと文化財コンテンツを表示する技術は、文科省のブロジェクトの成果です。
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