話題がない。一応の選手をチェックして試合に集中した。本来なら各チーム平等に取り上げたいところだが、無理な創作はしたくない。落ち着かない私の気持ちを察してくれたのだろうか。鳴尾浜球場の阪神-広島戦で大暴れした選手が出現した。阪神・柴田講平外野手である。

 大学(国際武道大)を出て今季で7年目を迎える。年齢29歳の中堅選手。桧舞台で活躍したこともある。一時はレギュラー取りを目前にした選手だが、時として平凡なミスを犯すことがあってチャンスを逃した。もう、そのミスは影を潜めているものの、1軍へ昇格しても定着するまでには至っていない。現在では伊藤隼、江越らの台頭で1軍へのオファーは減少しつつあるし、ファームでもスタメン出場が少なくなっていた。これもチームの方針で中谷、横田らの若手を育てるためのあおりを受けてのことだが、ここで気持ちが切れたら夢は無惨にも消えてしまう。生活がかかっている。チームの方針に甘んじるわけにはいかない。初心に帰ることだ。

 自分の立場はわきまえている。チームの方針に、いい意味での反発をしないことには存在が薄れる。ファームではあるがチャンスがきた。結果がすべての世界。プレッシャーのかかる中ですべての不安をはねのけるだけの反発をしてみせた。8月27日のオリックス戦、指名打者でトップバッターに座って2安打を放つと、翌日の広島戦では「1番センター」で出場。5打数5安打と打ちまくり、なんと最終の5打席目は、決勝の満塁ホームランで締めくくった。相手投手はかつての守護神・永川である。「満塁ホームランは野球人生初めてですが、5の5も初めてです。運を全部使い果たしましたかねえ」と笑顔。これだけ打てばうれしいのは当然だが、己の立場はわきまえている。この1試合だけの活躍で満足している場合ではない。大いにアピールしていくべき立場なのだ。

 まだ若い。打率も3割台をキープし続けているのに、なぜ柴田の存在が薄れていくのか疑問を抱く人がいて不思議ではない。それでは首脳陣の立場になって説明してみる。もう現在の柴田の力量は知り尽くしている。それより気になるのは台頭してきた若い選手の成長度だ。力をしっかり見極めておきたい。指導は若手に集中して当然だ。これ以上説明する必要はないだろうが、存在感にかげりが見え出した選手の扱いは正直いってむずかしい。気持ちが切れないためのコミュニケーションは図っているだろうが、果たして的確なアドバイスになっているかどうかが問題。豊富な体験と物をはっきり言える人がうってつけ。取材をしていると、この日柴田に掛布DCが実に的確なアドバイスをしていたのがわかった。

 まずは8月29日の試合前「この試合でヒット1本打つか、打たないかでお前の評価はガラッと変わるからな」。前日の5安打がフロックでなかったことを証明するための助言は、このゲームも2安打してクリアしたが、1死ランナー三塁のチャンスに捕邪飛に打ち取られた場面で、ネット裏から即ベンチへ直行して本人に伝えた忠告は「今の打席、外野フライを打ちにいったやろ。その考えは間違ってはいないが、いいか、我々はお前があそこで外野フライを打って1点を取るより、自分のバッティングをして今の調子を持続してくれる方がいいと思っている。仮に自分のバッティングをして結果が内野ゴロで得点にならなかったとしても、無理なバッティングをして調子を崩すより、その方がよっぽど自分のためになると思うよ」だった。

 今の柴田には、こうしてはっきりわかる助言が必要。本人も「掛布さんのアドバイスは本当に勉強になりました。いい勉強させていただきました」。真剣なまなざしがそう訴えていた。現状の自分をどう見ていたか。「確かに調子がいいとか悪いとかを考えるより“自分はこれで大丈夫なのか”という不安の方が強かったです」。危機をも感じていたようだが、これで息を吹き返すことだろう。さあ1軍だ。「上から、いつ呼ばれてもいいように調子を整えておくのが、いまの僕の立場です。一生懸命練習して声がかかるように頑張ります」。掛布DCの助言はチームにおける柴田の立場(1軍半)を考えたうえでのこと。今いる場所はファームであり、ファームは自分を磨く場であることの教えなのだ。このアドバイスを無駄にするな。