ヤクルト真中満監督(44)が、神宮の夜空に舞った。優勝マジック1で迎えた阪神25回戦。延長11回、雄平外野手(31)のサヨナラ打で激闘を制し、01年以来、14年ぶりのセ・リーグ優勝を決めた。昨年まで2年連続の最下位。開幕前の下馬評も低かったチームを率いる上で選手との「距離感」をモットーとした。就任1年目で最高の結果を残し、グラウンドで歓喜のビールかけ。勝利の美酒に酔いしれた。

 真中監督の目には、見たことのない景色が広がった。神宮の夜空が、いつにもまして輝いて見えた。セ・リーグで、ただ1人にしか与えられない特権。選手たちの手で、7度舞い上がった。至福の高さをかみしめた。

 「ファンの皆さん! 優勝おめでとうございます。ファンの皆さんがグラウンド一面にいてくれたので、いい雰囲気で素晴らしい試合ができました。選手も私も本当に苦しい思いで戦っていたので、一瞬で力が抜けるような思いでした」

 昨季まで2年連続最下位のチームを、就任1年目で栄光へ導いた。昨秋に衣笠球団社長から監督要請を受けた時、迷わず深くうなずいた。「打線は打てるし、投手も頭数はいる。優勝だっていけるだろ」。確かな可能性を感じた。必要なのは選手がやりやすい環境を作ること。そう思って「距離感」を大切に、自信を持ってスタートした。

 バッテリー、打撃ミーティングには参加しなかった。「オレがいると満足に話せないだろ」。選手と距離を置いた。「究極の話、結婚式に呼ばれても行かないかも。選手の家族も預かっている。采配で非情になれない」。試合日は最も遅く球場入りし、休養日は練習にあえて顔を出さなかった。食事を共にするのはコーチや裏方だけ。その時でさえ、野球談議は避けた。

 ただ、必要と感じた時は近づいた。雄平、小川、畠山。苦しい時期を経験した主力を監督室に呼び出した。昨年ブレークした雄平は、打撃フォームを見失っていた。部屋に入ってきた雄平は緊張し、身構えているようにも見えた。招いた真中監督は開口一番「別に怒らないから」と優しく語りかけた。「できない理由を探さない方がいい」。技術でなく、心のあり方を説いた。「大事だと思った時に話さないと効き目はないから」。普段、一定の間柄を保ちつつも、「今だ」と思った時には大胆に動いた。

 勝負の神様との距離感にも、こだわった。9月21日。1ゲーム差で迎えた2位阪神との直接対決。シーズンを見渡して「ここを勝てば何かいける気がした」と大事な1戦と捉えた。普段は神棚に飾ってあるお守りを取り出した。現役時代から持つ、岡山・倉敷市にある五流尊瀧院(ごりゅうそんりゅういん)のものを敵地・甲子園に持ち込んだ。「勝負の時はいつも左なんだよ」と左の尻のポケットに忍ばせた。「ゲン担ぎなんてしないよ」と話していた指揮官が、たった1度の神仏にすがった試合だった。

 圧倒的な優勝ではなかった。5月には9連敗も経験。史上まれに見る歴史的な混セ。先など見えなかった。大詰めを迎えた9月下旬のこと。真中家の庭でキンモクセイの花が咲いた。現役を引退した08年に植えた1本の木。7年間で1度も咲いたことはなかった。美奈夫人(44)が「やっと咲いたね」と言うと、真中監督は大きくうなずいた。時を前後して、チームも大輪の花を咲かせた。誰も、花が咲くとは思っていなかったかもしれない。だが真中監督は信じていた。2015年10月2日。新人監督の思いは、現実となった。【栗田尚樹】

 ◆若松監督の名言 14年前の01年リーグ優勝時、当時の若松勉監督がお立ち台で「ファンの皆さま、本当におめでとうございます」とあいさつ。これが名言として語り継がれた。同年の日本一でも「ファンの皆さま、本当に日本一おめでとうございます」と、再び爆笑スピーチをサービスした。