<巨人4-3広島>◇29日◇東京ドーム

 ずぶぬれのヒーローが巨人を開幕勝利へ導いた。1点を追う7回2死二、三塁の場面で、脇谷亮太内野手(31)がライト前へ決勝の2点適時打を放ち、4-3と逆転勝ちした。11年オフに右ヒジ手術した影響で、昨季は育成選手としてプレーした苦労人。その苦闘を知る仲間も歓喜し、試合後には坂本らがウオーターファイトでヒーローを祝福した。巨人ナインも待ち望んでいた一打が生まれるまでの1年に潜入する。

 1年前の開幕戦の日、脇谷はジャイアンツ球場で1人、数メートル先のネットスローを繰り返していた。11年オフの右ヒジの靱帯(じんたい)再建手術。術前は右手の握力が60キロから45キロまで落ちた。失われた力を取り戻すためにリハビリに明け暮れた。「自分の戻れる場所があるのかな」。気候の変化で右ヒジのうずきが増した。自分の復活に対し、半信半疑だった。

 気晴らしに釣りを始めた。「1人でぼんやり釣糸を垂れて、静かな水面を見ていると、気が休まるんですよ」。同じく手術をした同期入団の越智を誘った。休日は関東近郊の湖に行って「オレたち大丈夫かな」と肩を並べるのが習慣になった。愛車のトランクはバットではなく、さおが占拠していた。「何やっているんでしょうね」。苦笑いしながらも、野球への希望は失わなかった。

 昨年8月18日は愛娘の2歳の誕生日だった。「一緒に過ごせた。でも野球選手としてはショックなものです」。野球のことは分からないが、選手名鑑を見れば「パパだ!」と叫び、おもちゃのバットも振る姿は癒やしになった。「太陽のあるうちに帰ってくる父親だけど、来年はテレビの前で会えるように」と誓った。

 そして13年3月29日、東京ドームに帰ってきた。試合前のチャンピオンリング贈呈式。昨季1試合も出場していない脇谷はスタメンで昨季在籍した選手では唯一、リングをもらう資格がなかった。だが、試合では誰よりも輝いた。

 7回2死二、三塁。日本代表今村の内角高め直球に対し、苦闘を乗り越えた右ヒジを巧みに畳んでライト前へ逆転の2点適時打を放った。昨季、2軍落ちした仲間を脇谷は励ましてきた。その人柄を慕う選手たちが我がことのように喜んだ。お立ち台では坂本、長野、矢野が乱入して水を浴びせた。

 昨年の開幕時。気がめいりそうな時も、復活への思いを強くする動機があった。「今後、同じ境遇で育成からはい上がる選手が出てくるかもしれない。自分がパイオニアになって、ケガで苦しむ選手の励みになりたい」。復活への1歩を開幕戦で証明した。「こういう日が来ると信じてやってきた」。ヒーローインタビューで感動をかみしめた。【広重竜太郎】