<セCSファイナルステージ:巨人3-2広島>◇第1戦◇16日◇東京ドーム

 バットで取り返して広島の勢いを止めた。巨人村田修一内野手(32)が同点の7回2死満塁から決勝適時打を右前に運んだ。2回の守備では三ゴロをさばいた直後に本塁に悪送球して2者の生還を許した。2点を追う4回に左前打で反撃の1点に絡むなど、3安打1打点で序盤のミスを帳消しにした。

 村田はもう立つ気力も湧かなかった。試合後のベンチ裏。「フゥ~」と大きく息をつき、前のめりに椅子に座った。「本当に疲れた…」。極限まで集中力を高め、力を出しきった。

 最初に振り返ったのは決勝打ではなかった。「情けない守備だった」。2回1死二、三塁、三塁線のゴロを捕球し、すぐに本塁へ投げた。だが送球コースが三塁走者の梵にかぶり、背中に当たって悪送球。2点を献上した。タッチプレーのため、コースをずらしてもリスクはある。酌量の余地はあったが責任を背負った。「投げられる場所がないのに投げてしまった」。同時に思い直した。「マイナスを引きずることは許されない」。責任の取り方は1つしかなかった。

 同点の7回2死満塁の好機を逃すはずがない。「勇人(坂本)の本塁打に救われた。ここで勝ち越す」。強い決意がバットに宿る。横山の外角低めの136キロ直球を右前へ運んだ。「ここで打たなかったら今日は眠れない一夜を過ごしていた」。喜びよりも安堵(あんど)感が勝った。

 4番の意地。勝負の秋での勇姿を見せたい人がいた。横浜南共済病院の名誉顧問、山田勝久先生。横浜時代から選手とドクター以上の関係を築き、慕っていた。用事がなくても病院に行き、言葉を交わしていた。宮崎キャンプ出発前の1月。先生に会いに行くと逆に、強い言葉を贈られた。

 山田先生

 オレは、なんで君が巨人の4番を打っていないのか、非常に気にくわない。テレビで見ていると、下を向いている姿が気になる。とにかく、この先、何があっても絶対に下を向かないって約束してくれ。オレはいつも堂々として、思い切りバットを振る君が好きなんだから。

 山田先生は沖縄キャンプ中の2月21日に81歳で亡くなった。訃報を聞き、村田は言った。「先生には本当にお世話になった。これからも頑張る姿を見せることが、自分が先生のためにできること」。今季は4番として連覇の象徴になった。過去を悔いず、前を向いて明日へとつなげた。男の約束はポストシーズン初戦でも守った。【広重竜太郎】