<広島5-11巨人>◇26日◇マツダスタジアム

 巨人が4番交代のカンフル剤注入で、首位広島との第2ラウンドを取り返した。原辰徳監督(55)は開幕から全試合で4番を張った不振の村田に代えて、新外国人レスリー・アンダーソン外野手(32)を抜てき。球団史上第79代の重責を任された助っ人は5号2ランを含む4打点で期待に応えた。打線改造が功を奏し、11得点を奪う快勝。今日27日の第3戦で今シリーズの勝ち越しを狙う。

 言葉はいらなかった。試合前の先発メンバー。開幕から23戦、4番を務めてきた村田に代わり、アンダーソンの名が記された。原監督には強い決意があった。「4番を代えるのは相当な決断という中で、今日は代えた」。一気に7番に打順を下げた村田も理解していた。「説明はなかった。気持ちは、くみ取っている。開幕から4番を任され、責任は重々承知」。それぞれの男たちが、新たな持ち場で奮起するだけだった。

 球団創設80年で第79代の4番に座ったアンダーソンは忠実に仕事を遂行した。「光栄だが、プレッシャーはない。いつもの自分の仕事をする。まずは走者をかえす」。初回はたたきつける内野ゴロの間に先制の打点を挙げた。5回は名手菊池を強襲する適時内野安打。そして広島の猛追モードで迎えた7回無死三塁、真ん中のスライダーを右翼スタンドに運び、相手の戦意を砕いた。

 球団初のキューバ出身選手は4番の地位を勝ち取った。キャンプでは打撃が不安定で守備意識も低かった。原監督は「打撃は慣れるまでは使う。ただ今のままの守備ではダメだ。(元巨人の)ラミレス以上は守れないと」と厳しかった。技術は急には向上しない。ただ日本の走者は積極的に次の塁を狙うことを頭に入れ、意識を高めた。守備力は高くないが、緩慢なプレーはなく、失策はゼロだ。

 練習に対しても真面目だ。「人の3倍はティー打撃をする」(橋上打撃コーチ)。阿部、小林らのマスコットバットを譲り受け、試した。「阿部さんの打撃が好き。おいしいものをゆっくり味わうように、ゆったりとタイミングを取る」。日本式に順応し、指揮官も4番昇格に「開幕は7番。しっかり力でもぎとった」と迷いはなかった。

 「前4番」村田は結果で反攻を示した。14戦ぶりの3号ソロを含む猛打賞。「調子が悪かったが、はい上がる強い気持ちだった。力感なくバットを振れた。また元に戻れるようにやる」と4番奪回を宣言した。

 4番交代という決断を下した指揮官は、変革の過程と自覚している。「(打順は)明日にならないと誰も分からない」。固めるのではなく、固まる。14年版の最強オーダーは、完成の途上にある。【広重竜太郎】

 ◆レスリー・アンダーソン

 1982年3月30日生まれ。キューバ出身。マヌエル・ピティ・ファハルド大-キューバ国内リーグ。06、09年WBC同国代表。09年にメキシコへ亡命。レイズ3Aから今年巨人入団。185センチ、93キロ。左投げ左打ち。今季推定年俸6000万円。家族は夫人と2女。

 ▼来日初めて4番を務めたアンダーソンが5号を含む2安打、4打点。巨人の4番打者は79人目だが、4番初試合で本塁打を打ったのは07年6月9日阿部以来10人目。外国人選手では76年9月1日ジョンソン、06年3月31日李承■に次いで3人目だ。4番初試合で4打点は阿部の5打点に次ぎ、51年5月30日南村と並び2番目に多い。この日はロペスも1発。ロペスとのアベック弾は1号の3月28日阪神戦、2号の4月2日DeNA戦、3号の9日広島戦に次いで早くも4度目と、今季5本のうち4本はロペスと一緒に打っている。※■は火へんに華