<ソフトバンク2-1オリックス>◇2日◇ヤフオクドーム

 新世代で復活Vだ。ソフトバンクは球団初となる前年Bクラスからの優勝を飾った。6年目の秋山幸二監督(52)は王政権に並ぶ3度目Vとなった。大型補強を施した球団からV使命を受け、9月に予想外の大失速にあえいで逃げ切った。次なる目標はCSを勝ち抜いての日本一。願う対戦相手はもちろん、14年前に倒し損ねた巨人である。

 血潮のたぎりが秋山幸二の中でやんで、終わった。代わりに両目の奥底で何かが決壊した。絶望や悔しさとともに3年も眠らせた、涙だ。鼻水交じりの、ぐしゃぐしゃの泣き顔で選手、コーチたちと抱き合った。「勝てば優勝という試合。選手、監督を通じて1回も味わったことのないプレッシャーだった」。7度宙を舞った胴上げの記憶は「ない」。苦闘を見続けた目はいつまでも真っ赤だった。

 屈辱の4位が始まりだ。昨秋に「10勝か。10勝していたらどうなっていたか…」と優勝した楽天との9勝差を嘆いた。大型補強を用意され、復活Vのタクトを任された。「大人買い」の批判もあったが、実は今宮や中村、柳田ら「雁の巣産」の新世代が定着したのが大きい。「2年、3年継続して結果を出さないと。経験だけではだめ。安定して結果を出さないと」。

 選手に崇高なノルマを課す一方で、自身の進退も肝に銘じていた。「この世界は1年勝負なんだよ。選手だって監督だって同じ」。V厳命の孫オーナーの意志はひしひしと感じ取る。2位は敗者と同じという孫思想。V逸は引責の2文字を投影した。汚名を背負った3年契約の最終年にかけた。「勝って当然」の声もあったが、この環境でこの仕事を知る監督は自分だけ。孤独だった。重圧が腹の底でしくしく音を立てた。

 7月末の奪首後も背後に足音を聞く戦い。睡眠導入剤を欠かせず、氷を浮かべた吟醸酒を飲んで眠る日々。いつしか私生活も行動範囲はコンビニ、ゴルフショップと狭まった。「プレッシャーを楽しめ」と口にしていたが、違った。練習中、文字を書く右人さし指が30分間、宙を泳いだ。「自分のサインが書けない。脳が疲れている」。1位を走る指揮官がもがいた。気付くと技術屋の監督がやつれた顔で「気持ちの問題」と精神論を訴えていた。

 ふと「ゾンビとかが向かってくる夢を見た。それを倒すんだ」と漏らした。ある夢診断のサイトに「何かに追い詰められながら、逃げずに恐怖、問題に立ち向かい、抜け出せる暗示」とあった。選手の能力に頼る「ポテンシャル野球」の批判に加え、9月は勝てない恐怖を味わった。「すごいプレッシャーだった」と苦しさしか覚えていない。

 すでにダイエー時代の優勝を現役で知るのは松中、寺原ら一部。6年目の秋山監督と新世代たちで黄金時代を築いていく。「プレッシャーの中で勝てたのはこれからの野球人生に役に立てるし、力を発揮できる」。2年の雌伏から鷹がたくましく立ち上がった。悲願は福岡移転後初となるG倒での日本一。まだ夢の途中である。【押谷謙爾】