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勝敗を分けた延長戦

79試合目の登板で決めたリーグ連覇

優勝を決め、谷繁元信(右)と抱き合って喜ぶ浅尾拓也
優勝を決め、谷繁元信(右)と抱き合って喜ぶ浅尾拓也

 球団初のリーグ連覇は「引き分け」で決まった。2011年10月18日、横浜スタジアム。歓喜の瞬間、マウンドに立っていたのは浅尾だった。3―3で迎えた延長10回2死一塁。「浅尾コール」のなか、打席の筒香を3球で追い込み、最後は133キロフォークでハーフスイング。右手を握りしめて思わず絶叫した背番号41は、走り寄ってきた谷繁に飛びついた。

 浅尾 めちゃくちゃうれしいです。連覇できて本当によかった。応援してもらったみなさんに本当に感謝しています。

 142試合目で決めたリーグ優勝。浅尾にとっては79試合目の登板だった。シーズンの半分以上の試合でマウンドに上がった右腕は感謝の言葉を何度も繰り返した。こみ上げてくる物は涙ではなく安堵感だった。

 優勝マジック「1」。勝つか引き分ければ連覇が決まる。だが、チーム内には重苦しいムードが漂っていた。直前の巨人戦でまさかの3連敗。この日の試合も劣勢だった。先発ネルソンが4回3失点で降板。久本、鈴木、高橋、小林正と中継ぎをつぎ込む展開となった。6回にブランコが右中間への3ランを放ち、ようやく同点。8回には2死一、二塁のピンチを迎え、浅尾の出番が回ってきた。

 浅尾 観客の方からの声援ははっきりと聞こえました。覚えています。あの時のことは。

 このイニングを無失点で切り抜けると、9回も3者凡退に抑える。そして延長10回。マウンドに向かったのは守護神岩瀬ではなく、浅尾だった。

 試合開始から3時間半が経過。この年に導入された特別措置により、延長11回には入らない。この時点で中日の勝ちはなくなった。この回を乗り切れば、連覇が決まる。細身のセットアッパーは極限のプレッシャーを耐え抜いた。

指揮官も認めた細身のセットアッパー

リーグ2連覇を果たし喜び合う中日ナインの輪の中で落合博満監督(中央左)に頭をなでられる浅尾拓也
リーグ2連覇を果たし喜び合う中日ナインの輪の中で落合博満監督(中央左)に頭をなでられる浅尾拓也

 激動のシーズンだった。1カ月前の9月22日、落合監督の電撃退任が発表された。8年間も指揮を執り常勝軍団を作り上げた指揮官がチームを去る―。その日を境に〝大人のチーム〟だった中日が、一気に熱を帯びた。翌日から優勝までの24試合を、15勝6敗3分。一時は首位ヤクルトに10ゲームもつけられていた差を詰め、追い抜いた。

 「だんだんとプロ野球選手に近づいてきたな」―。浅尾はシーズン中に落合監督からかけられた言葉をはっきりと覚えている。もがき苦しみ、それでもマウンドに上がる。指揮官は成長する浅尾の姿をしっかりと見つめていた。

 浅尾 ちょっとは認められたのかなという思いはありました。でも現状に満足せずにもっと頑張れということだと思います。

 79試合に投げて7勝2敗、45ホールド、10セーブ、防御率0・41という驚異的な数字を残しMVPに輝く。球史に残る大逆転劇は、この男の活躍なくして語ることはできない。最後に待っていた胴上げ投手という栄誉は、落合監督からのプレゼントだったのかもしれない。【桝井聡】

将来のチームを背負う若手の台頭に注目

開幕から4番を任されている平田良介
開幕から4番を任されている平田良介

 開幕前の新生ドラゴンズの目玉は3年目高橋周の遊撃コンバートだった。将来の中日を背負う20歳がついにレギュラーを手にするのか。ところがふたを開けてみれば、オープン戦中に打撃不振で2軍落ち。開幕から1カ月以上が経過したが、まだ1軍にいる。43歳の谷繁兼任監督を筆頭に〝元気なおじさん〟ばかりが目立つのだ。谷繁兼任監督は「若い人がやっていかないといけない」と若手の台頭を欲している。

 兆しはある。ルーキー又吉、祖父江や2年目福谷など若い中継ぎ陣が奮闘。ポスト谷繁の筆頭松井雅も経験を積んでいる。新4番の平田も開幕から出場を続けている。右肘手術からの再起を期すエース吉見は5月1日に2軍戦で実戦復帰。5月末の1軍昇格を目指している。開幕ダッシュには失敗したが、浮上する要素はある。

中日担当記者

桝井聡(ますい・さとし)
桝井聡(ますい・さとし)
 06年入社。高校野球、ラグビーなど東海地区のアマチュア競技を担当。11年4月から中日担当。京都府生まれ。趣味は国内旅行。


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