<WBC:日本1-3プエルトリコ>◇17日(日本時間18日)◇準決勝◇米サンフランシスコAT&Tパーク

 日本がブルペンの整備不足を露呈した。7回、2イニング目の能見篤史投手(33)がプエルトリコの6番リオスに2ランを打たれた。本人が「チェンジアップ。マウンドの硬さは関係ない。打たれたわけですから」と、抜けた失投を猛省しても、責めるのは酷だった。左腕は、2回から合計で3回も肩を作りマウンドに上がっていた。

 AT&Tパークはブルペンがファウルゾーンにあり、忙しさが丸見えだった。準決勝までくれば、調子や適性を踏まえた持ち場が決まるはず。だが、1回からスクランブル態勢だった。この試合中、8人の投手が、合計20回も肩を作って準備した。分業制が確立された現代野球では、極めて多い回数だった。対照的に、プエルトリコのブルペンは持ち場に従って統制が取れ、落ち着いていた。

 能見が2ランを浴びると摂津が慌ててジャンパーを脱いで肩を作った。東尾修投手総合コーチ(62)がマウンドに行き、時間を稼ぎ、交代した。ひのき舞台で後手を踏む光景をさらした。しかも継投ではなく、打たれたから交代という消極さだった。摂津から杉内、涌井とリレーしたが、3人そろって本調子でなかった。8回1死満塁というピンチを招き、セットアッパーの山口にげたを預け、山口はしのいだ。結局、好調だった抑えの牧田は余して負けた。

 招集初日のミーティング。東尾、与田の両投手コーチは「全員が戦力で、あらゆる持ち場、どこでも可能性がある」と伝えた。聞こえはいいが、持ち場が不明瞭では、投手はかえって戸惑う。大会中、数球のブルペン投球で登板する投手もいた。東尾コーチは「1日しか練習日がなくて、調整が難しかったと思う」とコメント。ブルペンを預かる与田剛投手コーチ(47)は「(アリゾナからの)気温差がよくない。大会側もその辺を考えてほしい」と、日程上の問題を口にした。

 両コーチの言葉は、役割分担を徹底していたプエルトリコの前では、言い訳になる。彼らは3連戦で、しかも、アリゾナと同様に暑いフロリダから、時差のある中で前夜11時にサンフランシスコに到着し、日本を1点に抑えた。お家芸、のはずだった投手の整備力で負けた。【宮下敬至】