場内の張り詰めた空気が忘れられない。20日に東京・有明コロシアムで開催されたWBA世界ミドル級王座決定戦。ロンドン五輪金メダリストの村田諒太(31=帝拳)が元WBO世界同級王者アッサン・エンダム(フランス)と覇権を争った国内最大級のビッグマッチは、不可解な判定により後味の悪さが残ったが、判定でエンダムが勝ち名乗りを受けるまでは「至高の味」だった。

 パワーとスピードを兼ね備える花形階級。その一流選手が日本に来ることはまれ。両者とも一発もらったら終わりという世界で、初回から会場に満ちたのは緊迫感だった。村田が固めたガードの腕越しに、じっとエンダムをにらむ。「歩くように前にプレッシャーをかける」。その練習を繰り返してきた通りに前進して重圧をかけていく。軽快なフットワークでサークリングするエンダムが打ち込む多彩なパンチを、ことごとくブロック。逆にパンチは出さない。肩や上半身の動きでフェイントをかけながら、敵の動きを見定めた。

 1回に放ったパンチは3発のみ。試合後にテレビを見た周囲から寄せられた反応には「消極的すぎたのでは?」という声もあったが、リングサイドで見た身としては、正反対の感想を持った。パンチを出す、出さないが姿勢を決めるのではない。

 村田があの舞台でパンチを出さないことを徹底したことは、むしろ積極性を感じた。相手の動きを見定めるというのは事前の作戦通り。ただボクサーの本性として、パンチを出さないことほど不安なことはない。いくら「観察」しようとしても、あれだけエンダムにパンチを打たれれば、打ち返したくなるだろう。だが、村田は違った。大一番で、乱れない断固たる決意を体現した。

 なぜ村田はパンチ打たないのか? 会場にいた観客はきっと、そんな疑問より先に、村田の覚悟を直感的に感じたのではないか。スタンドからは「打て」などのやじは飛ばない。広がったのは極度の緊迫感だ。1分30秒すぎに村田が左ジャブを放ったところで、肺にためていた空気をやっとはき出せたように、会場に一気に声が広がった。ミドル級トップボクサー同士の戦いの魅力に引き込まれた。以降のラウンドも漂った独特の緊張感。それは「また味わいたい」と思わせるものだった。もちろん、今度は「後味の悪さ」はいらないが。

 村田は23日現在、進退については明言していない。自分が続けたいと思っても、再び簡単に世界タイトル戦を組めるような階級ではない。ただ、あの会場にいた者としては、もう1度村田の「覚悟」を見たい。「世界レベルの戦いをする上で引けを取ってない」と確信を得た男は、さらに強くなると思っている。【阿部健吾】