WBC世界フライ級1位比嘉大吾(21=白井・具志堅スポーツ)が日本初の13戦全勝全KOで世界王座を初奪取した。減量失敗で王座を剥奪された前同級王者ファン・エルナンデス(30=メキシコ)から6度のダウンを奪い、6回2分58秒、TKO勝ち。92年の平仲明信以来、25年ぶりとなる沖縄出身の世界王者が誕生した。日本記録の13回防衛を誇る元WBA世界ライトフライ級王者の師匠・具志堅用高会長(61)に世界ベルトで恩返しした。これで比嘉の通算戦績は13勝(13KO)無敗となった。

 強烈な拳をねじ込んだ。比嘉は2回、5回、左フックで計2度のダウンを奪った。勝負の6回。右ボディーで1回、左ボディーの連打で2回、最後は右アッパーなどの連打でエルナンデスをキャンバスに沈めた。日本初の全勝全KOで手にしたベルトをずっと抱き締めた。師匠の具志堅会長と涙を流して抱き合った。

 比嘉 絶対に倒したかった。この試合にかける気持ちは強かった。具志堅会長にちょっと恩返しできた。

 3日前、厳しい減量と世界戦の重圧でパニック障害に陥った。エルナンデスが減量ミスで王座剥奪されたことを知り「自分の方が心が強い」。試合当日は両者とも3キロ増。同会長の現役時代と同じ曲「征服者」で入場し「鳥肌が立った」。試合前、師匠から「勝って一緒に沖縄に行こう」とハグされた。具志堅魂を肉体に宿し、25年ぶりの沖縄出身の世界王者になった。

 野球部主将の中学3年の時、比嘉に強豪高校の誘いはなかった。落ち込む日々を過ごした時、具志堅会長の現役時代の動画に衝撃を受けた。離婚を契機に家族と離れ、宮古島で生活する父等さんに連絡。「ボクシングがやりたい」。父に紹介された宮古工進学を決めた後、テレビ放送で同会長のKO特集を目にし、さらに触発された。

 入部3カ月で2度も鼻骨を骨折し、鼻が変形した。減量の空腹が耐えられず、隠れておにぎりを食べて父に投げ飛ばされた。誘惑の少ない宮古島での父子生活は、競技のみに集中。自然の中を走り抜け、毎晩、名王者の試合動画を見ることが楽しみだった。県内で5冠し、国体でも8強。大学進学するはずが、同会長の勧誘電話で全てが変わった。

 前歯が抜けて苦笑しながら比嘉は同会長が王座奪取した当時の言葉を口にした。「ワンヤ、カンムリワシニナイン」(自分はカンムリワシになりたい)。同じ21歳の世界奪取。目指すは具志堅会長=スター。日本一有名な「比嘉」への伝説が始まる。【藤中栄二】