◆薄氷の殺人(中・香港合作)

 自然光や照明の当て方にこだわったのだろう。路地裏の薄暗がりには恐怖が宿り、夕闇の平原に浮かぶ人影に謎が深まる。光と影が織りなす世界は古典となった名作の魅力に重なる。

 長編3作目の中国ディアオ・イーナン監督は半世紀以上前の「第三の男」や「黒い罠」を何度も見直して撮影に臨んだという。

 舞台は現代の中国で、巨大な分だけ歪みや汚れが目につく石炭工場、ネオンに彩られた美容院のリノリウム床は角がめくれるほど薄っぺらい。が、時代の重みを背負ったイーナン演出のフィルターを通すと、それぞれの場面が絵画のように記憶に残る。原色を排し、中間色に徹した衣装や背景の影響もあるのだろう。

 心に傷のある元刑事が5年を経て続く連続事件の謎に挑む。犠牲者はいずれもある若い未亡人と関係があり、元刑事もいつしか彼女にひかれて…。ミステリーの王道ともいえる展開だ。

 未亡人役のグイ・ルンメイは清そな外見でまさかと思わせ、不動の黒目と閉じた唇のわずかな動きに冷酷を見たような気にもさせる。文字どおりのキーパーソンだ。登場人物の動き、背景、小道具の隅々に意味が宿るミステリーの傑作だ。【相原斎】

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