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清志郎さんフォークからロック、R&Bに

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 清志郎さんの歩み

 ▼66年 中学の同級生と共に、RCサクセションの前身となるバンド、ザ・クローバーを結成。

 ▼69年 RCサクセションとして、東芝主催の「カレッジ・ポップス・コンサート」オーディションに合格。

 ▼70年 RCとして「宝くじは買わない」でデビュー。

 ▼73年 友人の井上陽水と共作した「帰れない二人」「待ちぼうけ」を収録した陽水のアルバム「氷の世界」が日本初のミリオンセラーに。

 ▼78年 仲井戸麗市らがRCにサポートメンバーとして参加。路線がフォークからロック、R&Bに。

 ▼80年 RCのシングル「ボスしけてるぜ」が主に中小企業経営者からの苦情で有線放送で放送禁止に。

 ▼81年 RCとして初の日本武道館単独公演。

 ▼82年 資生堂のキャンペーンソングとして坂本龍一と組んだシングル「い・け・な・いルージュマジック」がヒット。濃い化粧の男同士がキスしたPVも話題に。音楽番組「夜のヒットスタジオ」でガムをカメラに向かって吐くなどの悪ふざけをし、放送局に抗議の電話が殺到。

 ▼87年 初のソロアルバム「RAZOR SHARP」をリリース。

 ▼88年 所属の東芝EMIから発売予定だった反戦、反核、反原発などを歌った全曲カバーアルバム「COVERS」を制作したが、歌詞がネックになって急きょ発売中止に。その後、キティレコードから発売。

 ▼89年 FM東京がRCやザ・タイマーズの曲を放送自粛。措置に抗議するため、生放送の音楽番組で突然、同局を批判する内容の歌などを歌った。

 ▼91年 RCが無期限活動休止に入る。

 ▼95年 竹中直人監督作品「119」で、日本アカデミー最優秀音楽賞受賞。

 ▼99年 ロック調にアレンジした「君が代」収録に所属のポリドールが難色を示したため、インディーズから発売される。

 ▼00年 日本武道館で30周年記念イベントを開催。

 ▼03年 TOKYO FM主催コンサートで「あこがれの北朝鮮」の替え歌などを歌い、中継が中断。

 ▼06年 喉頭(こうとう)がんと診断され、活動を休止。療養生活に入る。

 ▼07年 年明けすぐに全快宣言し、1月に石田長生のライブにゲスト出演後、徐々に活動を再開。

 ▼08年 2月に「完全復活祭」と名付けた約2年ぶりの単独ライブを日本武道館で開催。7月、左腸骨へのがん転移が認められ、ライブ活動をすべてキャンセル。再び療養生活に入る。11月に米国のR&Bバンドのステージに飛び入り出演。間寛平の世界一周「アースマラソン」の応援歌を手掛け、レコーディング。

 ※社名は当時。

 [2009年5月3日8時30分 紙面から]


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