日刊スポーツの日曜日のインタビュー欄に「野原しんのすけ君」に登場を願ったのは07年春だった。初の漫画キャラクター登場の狙いは、なかなかマスコミの前に姿を現すことのない臼井さんへの取材だった。しかし、写真撮影を伴う取材だったこともあり、接触は実現しなかった。「夢を売る商売なので」と表舞台に立たなかったこだわりは、突然の死という残念な形で貫き通された。
PTAが毎年のように「子どもに見せたくないテレビ番組」の上位に挙げながら、憎みきれないキャラクターだ。日刊スポーツに唯一掲載された臼井さんのコメントは92年、アニメの大ヒットを紹介する記事だった。
臼井さん
幼稚園の運動会や授業参観にこまめに出て、娘や娘の友達のしぐさを観察するのが、一番のネタになります。僕もそうでしたが、男の子はだいたい女の先生が好きなんですよね。子供はエッチなことをやっても、それがエッチなことだと気付かない。良かれと思ってやったことが、なぜかお母さんに怒られてしまう。そのへんのギャップをデフォルメして書いているのが、大人に受けているのでは。
貴重なコメントにしんちゃん誕生の秘密がこめられていた。
[2009年9月21日11時18分
紙面から]ソーシャルブックマーク




