<第23回日刊スポーツ映画大賞・石原裕次郎賞>
俳優妻夫木聡(29)が「自分を捨て切って」挑んだ「悪人」で主演男優賞を受賞した。第23回日刊スポーツ映画大賞・石原裕次郎賞(日刊スポーツ新聞社主催、石原裕次郎記念館協賛)が1日、決定した。李相日監督の同作はほかに作品賞、主演女優賞の3冠を獲得した。28日に東京・紀尾井町のホテルニューオータニで行われる授賞式で、裕次郎夫人のまき子さんから賞金300万円が贈られる。
受賞の一報は新作の撮影帰りに聞いた。「泣きそうになりました。全身全霊尽くしたので、報われた気がしました」。
特別な作品だった。原作小説に衝撃を受け、すぐに映画化権がどうなっているのかを調べた。初めての行動だった。映画にしたい、主人公・清水祐一を演じたいという思いだけだった。「思い返してみると、見たことのない自分を見てみたいという役者としての欲もあっただろうし、今のままじゃいけないなと思ってる自分もいたと思う。自分の中で転機をつくりたかったのかもしれない」と語った。
「『ウォーターボーイズ』で日本映画に出会ったのは、間違いなく転機だったなあ。でも、転機なんて人生でそうそうないのは分かってます」と言うが、今回も間違いない転機になった。これまでと大きく違うのは、自分で働きかけ、つかみ取った転機だということだ。妻夫木の言葉で言えば「偶然じゃなく、運命的だった」。
映画化権の所在が判明し、重いテーマだけに企画がストップしていたことが分かったが、妻夫木が祐一役を熱望していることで、企画は再び動き始めた。しかし、そこからが本当の「悪人」のスタートだった。
解体工事現場で働く主人公・祐一は、閉塞(へいそく)した暮らしを送り、自己表現ができず、結果、殺人を犯してしまう。自己表現することを職業にする俳優とは、根本がかけ離れている。妻夫木は祐一に近づくため、工事現場で3日間黙々と働いてみた。物語の舞台である九州を1人で訪ね歩き回ってみた。「今回は、頭で考える芝居じゃなかった。積み上げてきた『妻夫木聡』を捨てないと何も始まらなかった」。理論や理屈はいらなかった。原作の吉田修一氏に「祐一にしか見えなかった」と言わせるほど、自分を捨て去った。
妻夫木の「悪人」はこれだけでは終わらなかった。役から抜け切れなかったのだ。祐一に出会う前の自分が分からなくなった。「キックボクシングや英会話をやってみて『新しいものに挑戦して自分を磨いていこう!』みたいなノリにしてみたんですよ。でもいまいちで。実は、今も抜けてるのかどうか分からない。怖いですよね。今でも恐ろしいことしてたと思います。役者の人で自殺する人って考えられないって思ってたけど、何か、分かる気がした…」。深淵(しんえん)な世界をのぞいてしまったようだ。
今月13日で30歳になる。「20代は吸収する時代。30代は別のスポンジも持ちながら、今までのスポンジからぎゅっと絞り出したい」。「悪人」に出会ったスポンジから出る一滴は濃密に違いない。【小林千穂】
[2010年12月2日8時39分
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