東京・上野の森美術館で開催中の「怖い絵展」が空前の人気となっている。美術ファンだけでなく、10~20代も訪れ、平日でも1時間半待ち、土日は2時間待ちの行列ができ、最高3時間半待ちになっている。16日から開館時間を午後8時まで延長したが、行列は縮まらず、この秋一番の話題の東京国立博物館の特別展「運慶」を上回る人気ぶりだ。

 真冬並みの寒気が入った19日も、上野公園には長蛇の列ができた。最後尾に「現在120分待ち」のプラカード。40分待ちの「運慶」の3倍になった。

 「怖い絵展」というネーミングから訪れる人も多いが、見るからにおどろおどろしいスプラッターではなく、「絵に隠された物語を読み解いていくと、戦慄(せんりつ)が走り、怖さが浮かび上がってくる作品」(企画した産経新聞文化事業部・藤本聡部長)だ。背景や隠された意味を知った若い世代がSNSで「面白い」「絵の見方が変わった」と伝え合ううちに火が付いた。美術展では珍しく、入館者の半数以上が30代以下だ。

 展示されているのは、18~20世紀初めの欧州作品約80点。日本初公開の「レディ・ジェーン・グレイの処刑」は夏目漱石がロンドン留学中に見て衝撃を受け、短編小説「倫敦塔(ろんどんとう)」に「余の洋袴(ズボン)の膝に二三の血が迸(ほとばし)ると思った」と書いた作品だ。

 イングランド初の女王となったジェーン・グレイは9日でその座を追われ、16歳4カ月で処刑される。純白のドレスのジェーンは目隠しされ、首を置く台を手探りしている。ギロチンはまだ発明されておらず、傍らには大きなオノを持った死刑執行人が立つ。床に敷かれたワラは、残酷な最期を迎える清楚(せいそ)な少女の血を吸わせるためと知ると、恐怖は増す。

 開館時間は午前10時~午後5時だったが、2週目には土日を延長。16日からは連日午前9時~午後8時にしたが、行列は縮まらない。社会現象となった昨年の「若冲展」(東京都美術館)の4時間待ちに迫る勢いだ。8年かけて開催にこぎ着けた藤本さんは「行列は申し訳ないですけど、『絵を見ることの面白さを知りました』とか『初めて絵を真剣に見ました』という感想を聞くと本当にやって良かったと思います」と話している。【中嶋文明】

 ◆怖い絵展 ベストセラーになった作家・ドイツ文学者の中野京子さんの美術エッセー「怖い絵」シリーズ(角川文庫)の刊行10周年を記念して開催されている。兵庫県立美術館で7月22日~9月18日に先行開催され、27万人を動員。上野の森美術館は12月17日までで、11月17日に20万人を突破した。最終的に40万人に達する見通し。

 ◆上野の森美術館 東京都台東区上野公園内にある美術館。財団法人日本美術協会により、1972年(昭47)開館。葛飾北斎、安藤広重の上野を題材とした作品や、東山魁夷、香月泰男の作品などを収蔵、展示。国内外の美術作品の展示や企画展を行っている。