歌舞伎俳優中村獅童(45)は昨年4月、千葉・幕張メッセで行われた「超歌舞伎」の舞台に立っていた。バーチャルアイドル初音ミクとの共演で、「花街詞合鏡(くるわことばあわせかがみ)」を熱演したが、舞台上から客席を見ながら「これが最後の舞台になるのかなという思いがあった」と明かす。実は公演前に肺腺がんと判明し、がんを隠しての舞台だった。公表は公演後の5月で、その後、手術を受け、長期療養した。

 だから、4月28、29日に幕張メッセに行われる超歌舞伎「積思花顔競(つもるおもいはなのかおみせ)」には並々ならぬ思い入れがある。復帰を祝い、冒頭に超所作事「祝春超歌舞伎賑(またくるはるちょうかぶきのにぎわい)」も上演する。獅童は「超歌舞伎を見た方々から激励のメッセージをたくさん頂き、病室に飾った。本当にうれしく、それが励みにもなったし、僕のパワーになった。そのおかげで病にも打ち勝ち、その恩返しを含めて、すべての思いを今回の超歌舞伎にぶつけたい。元気な姿を見せることで、見た方に勇気や夢を与えることになれば」と話した。

 獅童が超歌舞伎を始めたのは16年で、今回で3年連続となる。超歌舞伎の魅力について獅童は「歌舞伎を見たことがない、初音ミクさんが大好きな人たち、オタクとも呼ばれることのある人たちの反応がすごいし、楽しい。まるでため込んでいたエネルギーが吐き出されたとでも言いたくなるぐらい歓声がものすごい。見に来た同業者が、観客の反応に感動してましたよ。あんなに純粋に拍手してくれ、『萬屋!』、(映像技術担当の)NTTには「電話屋!」とか掛け声をちょうどいい間でかけてくれる。デジタルに囲まれて育った方たちも、心はアナログなんだと思いました。皆さんが食いついてくれたのがうれしかった」。

 獅童は父が歌舞伎俳優を廃業したため、歌舞伎界では本流ではなかった。若い頃には関係者から「今後も主役になれない」と言われたこともあった。「全部満たされているなんて思っていると、新しい表現にチャレンジする意味がないし、常に『負けてたまるか』とかいう気持ちがないとダメなんですね。主役は無理だと言われれば、じゃあ俺なりの行き方を追い求めてやる、という反逆心が芽生える。それが自分のエネルギーになった。獅童ならではの歌舞伎というのも追求していきたい」。

 その思いが結実したのが超歌舞伎だった。「デジタルの中にアナログがどれだけ融合できるかということについての、僕なりの実験です。何か新しいことをやっているようで、実は古風な歌舞伎をやっている。歌舞伎っていうのは、いつの時代でも最先端をいってないといけないですから」。2年連続で上演して、確かな手ごたえも感じている。会場を包む異常とも言える盛り上がりに「自分がやっていることは間違っていなかった。これからチャレンジする気持ちを忘れずに突き進んでいきたい」。

 今年も公演の模様は、ドワンゴによるニコニコ生放送で楽しむことができる。また「88888888」が画面を埋めることになるだろう。【林尚之】