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2006.02.12付紙面より
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写真=笑いのエンターテイナーだから当たり前かもしれないが、質問への答えがおもしろい。これも「インタビューを受けるお笑い芸人」を演じてるの? |
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(撮影・中島郁夫) |
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個性派集団
初めて書いた小説が、専門家筋から予想外の高評価を受けている。お笑いブームのトップ集団にはやや距離を置きながら、一隅にすっかり根付いている劇団ひとり(29)。懸命に生きても報われない人々が登場する一人コントの世界をさらに掘り下げた真心目線の小説には、したたかな吸引力がある。にじみ出るような「屈折の笑い」の裏に、優越感と劣等感の間で激しく振れた10代の思いがあるように−。
セックスできるなら
発売したばかりの「陰日向に咲く」(幻冬舎)は5つの「ひとり世界」を収めた短編集だ。年増アイドルを応援するオタク青年の純愛、ギャンブルで転落した男と老女の不思議な出会い、浅草の売れない芸人のから回り人生…。自分の体験も微妙に投影されている。
「オタク青年の話は、ラジオの収録中に見た光景がきっかけ。その時アシスタントをしていたアイドルのファンが観客の中に何人かいて、真冬の雨ってすっげえ冷たいのに、傘さして夜中まで4時間ずっとニコニコ聞いてるんですよ。そのアイドルがセックスさせてくれるならおれだって4時間くらい並ぶけど、何の報酬もないのに。これも純愛だと」。
俯瞰(ふかん)した言い方をするが、彼もアイドルのファンクラブに入っていたクチだ。小学校時代は南野陽子、中学校ではribbon。
「最後にファンレターを出したのは小雪さん。6年くらい前かな。小雪さんも結構苦労人ですから。『芸能界に小雪が大雪となって降り積もりますように』って書きました。彼女は『ユニークなファンレターですね』って返事くれた。うれしかったです。なくしちゃったんですけどね(笑い)」。
必ず屈折したオチを付けなければ、気が済まないようだ。
専門家筋の評価は高い。「ビギナーズラックにしてはうますぎる」(恩田陸氏)「こんなに笑えて胸が熱くなって、人間が恋しくなる小説に出会ったのは何年ぶりか」(山田宗樹氏)「お笑いブームなどはるかに飛び越えた才能」(大槻ケンヂ氏)。脈絡なく登場する人物たちの間には趣向を凝らした接点が設けられ、短編それぞれは、彼が極め付きの人情家なのだと分かるハートフルな結末に至る。出版社の依頼で1年前から書き始めた。芸人仲間に「小説を書く」と言って回り、後に引けない環境を作って自分を追い込んだ。
「活字はコントと違って顔や体の動き、声の緊張感などで表現できない。『チクショー』1つにいちいち説明つけなきゃいけなくて、難しかったですね。話を考えるのはつらかったけど、1人で書く作業は単独ライブみたいで楽しかった。職場でもパソコン広げて小説書く作業がカッコ良すぎて、誰かに見られたくてテレビ局の喫茶店で書いたり」。
「ジャップ」「○ガー」
父親は国際線パイロット、母親はスチュワーデスという、絵に描いたようなエリート家庭に生まれた。当時、欧米便の寄港地だったアンカレッジ(米アラスカ)で小学2年から5年まで過ごした。休日には家族で釣りやスキー、バーベキューを楽しむ生活だった。
「学校では天才児扱いでしたね。日本では九九を暗記してたのに、向こうの小学2年って、机に載せたビンのフタを数えるような授業。数えて『シックス』って言ったら先生が『グレート!』って(笑い)。算数は飛び級で、5年生のをやってました。子供だから英語も半年でペラペラだったし。『ジャップ』なんてののしるやつもいましたけど、おれも『○ガー!』って応酬してやったので、イーブンです」。
アラスカで満喫した学力ギャップは、帰国後「授業についていけない」という重荷に変わった。千葉の工業高校時代はリーゼント頭の不良になった。
「工業高校中退して定時制行って。全日生と夜間とは驚くほどギャップがあって、ホントにどんよりしてる。映画『学校』で描かれていたよりもっと陰気でダーク。全日生と登下校で入れ替わる時にはものすごい劣等感ありました。昼間の仕事だって、定時制の16歳にできることはマンホールの掃除とかの単純作業。見てきたものは結構ヘビーですから」。
双方向ギャップのまれな体験は、自然に口を付く屈折表現の背景になっているような気がする。
年1回あるかないか
保育園のころから、周りが笑ってくれるのがうれしくて「アイーン」ばかりしていた子。高校時代に「元気が出るテレビ」のお笑い甲子園に応募した。独自のセンスはいきなり開花し、関東地区代表になった。友達と組んだ漫才コンビ「スープレックス」は活動5年で解散したが、その後始めた一人コントで地歩を固めた。
芸風は“一人芝居の先輩”イッセー尾形と比較されることが多い。
「イッセーさんの一人芝居に、さらにコントの要素を欲張ってやろうと思った。イッセーさんはあくまでも芝居。笑いの場面も現実的にあり得る範囲内だけど、コントは設定や流れ、心理描写を無視してギャグを入れられるから」。
普通の都市生活者が暴走していくイッセー尾形の一人芝居と違い、彼が練り上げるキャラクターは設定からクセ者ぞろいだ。中国から来た校務員チューレン、モテたくて通販グッズに凝る童貞ヤンキー、止まると死ぬホスト、いつも客層がヘンで手品が不発に終わるマジシャン…。生み出した“団員”は100人を超える。
「中国人のチューレンの元になったのは、雀荘の後ろの卓で打ってた人。でも、現実に見た人からキャラクターを作れるような幸運は1年に1回あるかないか。あとは『こんな人いるんじゃねえかな』って理屈と想像で作り出すのがほとんどですね。そもそも恵まれた人が幸せになって笑えるなんて聞いたことない。どこかダメで、落ちこぼれだったりおっちょこちょいだったり、そういう人が何かに巻き込まれてダメな結果を出すのがコントや喜劇の基本設定じゃないですか」。
四谷三丁目にいるよ
私生活はあくまで暗い。ピン芸人としてスタートした23歳当時に読んだ「小さいことにくよくよするな」に「救われた」経験から、自己啓発本マニアという横顔も持つ。今まで50〜60冊は読んでいるという。
「弱い人間なんですよ。自己啓発本を読むというより、処方するという感じ。読んでお風呂入って冷たいポカリとか飲んで満足。1晩読むだけで、心にあったぐちゃっとしたものがどこかにいって『よし、生きよう』って(笑い)」。
耳より目から吸収するタイプなのか、生身の人間のアドバイスはあてにしない。
「飲んでる時に『おれはこう思う』なんて言われても、まず基本、反論したくなるんですよ。昔からのクセで、学校のホームルームでもとりあえず手を挙げて『反対』。で、なぜ反対なのかは後から考える。相手に発言の機会を与えず一方的にしゃべるから負けない。ふふ。勝った時に『おれはやったんだ』って、すっごくうれしい」。
ガッツポーズで締めるパフォーマンス付きである。
ロボット犬のララちゃんと同居し、仕事が終われば家に帰る。朝はカーテンを開けて盆栽に話しかける。部屋はきちんと整頓され、灰皿の置き場所も決まっている。「親友がいない」を公言し、ごくたまに芸人仲間が来ても、几帳面な空気の居心地の悪さに1時間もたたずに帰ってしまう。今、そんな彼の7割を占めているというのが、激しい恋愛願望だ。
「ラブコメが好き。恋愛が好き。ちょっと会っただけでも、あの時タクシーでおれが『もうちょっと一緒にいようよ』って言ってたらどうなったのか、なーんて妄想して、時間なんてあっという間。aikoをBGMに別れの場面まで妄想して涙ぐんでますから」。
本当に涙ぐんでいる。
20代最後の年。相当あせっている。仕事のスケジュールを考えると、7月上旬に“運命の人”に出会い、8月下旬に結婚するのだという。
「雨に打たれながら『お前が好きなんだよーっ!!』って叫ぶおれの理想の大恋愛って、20代がギリじゃないですか。次の恋がラストチャンスだと思うんで、賭けてるんです。まだ見ぬ運命の人、今ごろ青山あたりでのんきにお茶してるのかな。おれたち早く出会わなきゃ。毎日念を送ってる。おれは四谷三丁目にいるよ、って」。
絵文字が1個もない
テレビ朝日「やぐちひとり」で共演している矢口真里(23) 普段のひとりさんは本当に地味でまじめ。収録以外は「あの映画見ました?」なんて月並みな会話があるかないかですが、これでも芸能界の女の子では仲がいい方だと思います。メールを交換したのも最近。返事は必ず来て、絵文字が1個もない。誕生日の返事も「どうもありがとう。月日がたつのは早いもので」ってすっごく堅い(笑い)。ルービックキューブを極めていて、楽屋からも特訓の音がカチカチ聞こえます。そこまでのめり込めるのがすごい。「みんなでギョーザパーティーをやろう」というプランも口約束のままですが、登場の仕方からイメトレしてるそうなので、実現させたいです。
◆劇団ひとり 本名川島省吾。1977年(昭52)2月2日、千葉県生まれ。94年に漫才コンビ「スープレックス」を結成し、00年解散。川島省吾を座長とし、川島演じる数々のキャラクターを団員とする「劇団ひとり」を1人で旗揚げ。単独ライブのほか、バラエティー番組「やぐちひとり」「完売劇場」などレギュラー多数。特技はパソコン。176センチ。血液型A。
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