東京五輪が閉幕し、巨額の費用をかけて整備された会場の後利用は、重い課題として残っている。新型コロナウイルスの影響を受け五輪史上初の延期となり、無観客開催を強いられた。この異例ずくめの大会は今後、日本にどんなレガシー(遺産)を残すのか。ハード面、ソフト面、金銭面の観点から検証した。

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15年7月、新国立競技場は英女性建築家ザハ・ハディド氏による当初計画が白紙撤回になった。整備費の高騰に国民の多くが反対した一方で、当時の安倍政権が安保法制により下がった支持率の浮揚策として利用したとも言われた。

当時の五輪相、遠藤利明組織委副会長は言う。「前の計画なら屋根も空調もあり、天候に左右されずスポーツ大会もコンサートも開けた。世界的なコンベンションセンター(展示場)としても使う計画だった」。造るのに金はかかるが、回収するには優れたスタジアムだったと回顧した。

現国立はレガシーの観点で難しい状況に立たされている。屋根がなく天候に左右され、空調がなく暑さや寒さに弱い。

17年11月、政府は五輪後に収益が見込めない陸上トラックを撤去して「球技専用」とすることを決めた。しかし「五輪陸上で世界新や日本の金メダルが出たらどうするんだ」と政界の重鎮が漏らすなど、球技専用の方針は徐々に揺らぐ。そして昨年、所管の萩生田光一文部科学相が方針を見直す可能性に言及した。

ふたを開けてみると無観客開催に加え日本勢のメダルはなかった。それでも世界陸連のセバスチャン・コー会長は8日の会見で「国立で世界選手権を開きたい」と話しており、トラックは残る公算は大きい。

運営権を民間に売却する「コンセッション方式」の導入、事業者の選定は先送りにされ後利用のめども立っていない。50年間の修繕費を含めた年間維持費は約24億円という巨大スタジアム。陸上も球技もという旧国立のような「総合運動場」の運営に積極的に手を挙げたい民間事業者がどれだけいるのか、疑問符が付く。

他に6カ所ある東京都の新設された恒久施設で年間収支の黒字化が試算されているのは有明アリーナ(江東区)のみ。ハード面のレガシー活用は結局、税金に頼らざるを得ないのが現状だ。

ソフト面も無観客の影響を受けそうだ。競技自体は盛り上がった五輪を生観戦できなかった国民。どこか遠くの異国で行われていたようにも感じた五輪で、その競技と会場が国民のイメージでひも付きづらい。「五輪会場だから」という触れ込みだけでレガシーになるほど簡単ではない。

当初段階からパラリンピックの重要性を訴え続けた東京2020大会だけに招致決定から約8年で、大会コンセプトの1つ「多様性と調和」は、じわじわと日本社会に広がっていった。

ただ皮肉にも大きく注目されたのは前会長の女性蔑視発言や、前開閉会式演出統括の女性容姿やゆ発言などがきっかけ。大会直前には式典演出チームメンバーの過去の人権侵害に関わる発言が問題となり、大会理念に反するとして逆にまた理念に注目が集まった。

組織委の武藤事務総長も「途中問題もあって反省すべき点があり、その後は男女平等へ一定の配慮をしてきた」「インクルージョン(調和)という言葉を誰も分からなかったころから考えると大きな進歩だった」と閉幕翌日に話している。

直近で都民の懐事情を痛める負の遺産は、無観客としたことで失った組織委のチケット収入900億円だ。パラリンピックも無観客の公算が大きくなりチケット収入はほぼゼロになる見込み。

武藤氏も7月20日の会見で「昨年、大会が開かれていたら収支は整っていた自信があったが、今になっては無理。無観客になってそれはかなり深刻」と説明した。もともと組織委が資金不足に陥った場合は、東京都が穴埋めする仕組み。しかし、都はコロナを想定外の事象とし政府などと再協議が必要との姿勢を打ち出しており、パラ閉幕後に再び、国と都のつばぜり合いが起きることは必至だ。【三須一紀】(おわり)