パラリンピアンたちの熱き戦いが幕を閉じた。素晴らしいパフォーマンスに感動したことはもちろんだが、選手が見せた人間の可能性や自らの限界に挑戦する姿に、生きる力や希望を与えてもらった。

パラトライアスロン競技では、男子PTS4(運動機能障害)の宇田秀生選手(34=NTT東日本・NTT西日本)が銀メダル、男子PTVI(視覚障害)の米岡聡選手(35=三井住友海上)とガイド椿浩平さん(29)が銅メダルを獲得。日本トライアスロン界初のメダリストが誕生し、感動の嵐に包まれた。


今年2月、私は宇田選手、米岡選手らの合宿に帯同させていただいた。彼らが日頃どのようなトレーニング、生活をしているかを目の当たりにした。今回は、日本トライアスロン界メダル第1号となった宇田選手について「ここだけの話」をしたい。

2位でフィニッシュし銀メダルを決める宇田は、日の丸を手に雄たけびを上げる(撮影・河田真司)
2位でフィニッシュし銀メダルを決める宇田は、日の丸を手に雄たけびを上げる(撮影・河田真司)

宇田選手は、2013年春、勤務先の事故により右腕を失った。結婚してわずが5日後の出来事だった。リハビリの一環でトライアスロンを始めた。

彼は常に太陽のように明るく、前向きで、トレーニングでいっさい妥協しない選手だ。日常の会話の中でも、周りの選手やトレーニングパートナーを気遣い、場の雰囲気を良くするムードメーカー。練習の虫で、健常者の練習パートナーをもバイクパートで引き離し、ランパートで引っ張るほど。トライアスロンに対する熱意をひしひしと感じる。

フリー練習の日ですら朝一番にプールサイドに現れ、泳ぎ始める。「結構疲れがたまってるんじゃない?」と聞くと、「大丈夫!朝動いた方が朝飯がうまいから!」と答える。実際のところは「強くなりたい」という一心でトレーニングをしていたんだと思う。


そんな彼がパラリンピック本番で最高のパフォーマンスを見せてくれた。宇田選手のカテゴリーは、片腕がない選手と片足がない選手が一緒に出場する。そのため、片腕で泳ぐ宇田選手はスイムがウイークポイントとなる。だが、バイクとランで巻き返し、最後まで粘ることが出来るのが、宇田選手のストロングポイントだ。今大会も終盤まで気迫のあるレースを展開し、見事に銀メダルを獲得した。

私が一番感動したのは、いつも笑顔の彼が日の丸を掲げフィニッシュゲートに入ってくるとき、サングラス越しに涙を浮かべていたことだ。その時のことを本人に直接聞いたところ、「日の丸を渡された時に、今までのたくさんの出会いや思い出が頭の中に浮かんで、ゴールまで堪えきれなくて泣いちゃいました!」と。

ゴール後のインタビューの言葉1つ1つに、事故後ここまで計り知れない思いをしてこの日を迎えたことがうかがえた。家族、友人、これまで携わった全ての人が、彼の背中を押し、栄光のフィニッシュへと運んだと感じた。

彼を見るたび、伝わってくる思いがある。自分の運命を悲観的に思わず、「今日より明日、成長していよう」「今日より明日、幸せになろう」という気持ちを感じるのだ。


メダルセレモニーで銀メダルを首から下げ、笑顔で手を振る宇田(撮影・河田真司)
メダルセレモニーで銀メダルを首から下げ、笑顔で手を振る宇田(撮影・河田真司)

本人はまだメダリストになった実感はないそうだが、トライアスロンに関しては、パリ大会を目標に続行する意向をみせている。「人生を思いっきり楽しむパラアスリートとしてのひとつのモデル・指標になれたらいいな」と話す。彼にとってのトライアスロンは「たくさんのすてきな出会いを与えてくれる素晴らしいスポーツ」だという。

メダルはもちろん価値のあるものだ。ただ宇田選手はこの東京パラリンピックで、それ以上のものを得た気がする。「トライアスロン界の英雄・宇田秀生」が生きた証を刻んだ大会になったのだと思う。

彼はこれからも自分の人生を自分自身の力で謳歌し、輝き続けるに違いない。

(加藤友里恵=リオデジャネイロ五輪トライアスロン代表)