J2大宮の大黒柱、FW家長昭博(29)がチームをJ1に導いた。大宮は大分を下し、J2優勝とJ1昇格を決めた。2点を先行されたが、FWムルジャ(31)の2ゴールで追いつき、後半42分にFW家長が決勝点となるPKを決めた。昨季はJ2に降格したが、渋谷洋樹監督(48)と選手たちが築いた伝統のポゼッションサッカーで1年でのJ1復帰を果たした。自動昇格が決まる2位争いは、磐田と福岡に絞られた。

 新たな歴史の扉をこじ開けた。小雨が舞う2-2の後半42分、FW家長が決めた。FWムルジャがペナルティーエリア内で倒され、PKを獲得。家長はチームメートから迷わずボールを託された。12歩下がり、笛が鳴る。「ここで外したら大宮の街を歩けないと思った」と数秒間ゴールに背を向け呼吸を整えた。ゴールの左に蹴り込むと、チームの誰もが勝利を確信した。

 今季を象徴する展開だった。前半から主導権を握った。だが後半4分、オウンゴールで失点し、同9分にも追加点を許した。ここからだった。「1点を取られてもみんな諦めなかった」と家長。足を止めずにチームを引っ張った。

 クラブ初のJ2降格が決まった後、罪悪感を人一倍抱いていたのは家長だった。「プレーする場所が選手の価値を決めるとは思っていない」とG大阪や神戸など複数のオファーを蹴り、残留を決意。大宮のために戦い抜いた。

 この日、2人の子どもを連れて観戦した妻晶さん(32)はチームが勝てないときも「『(昇格を)目指すしかないし大丈夫、大丈夫』と言っていました」と平常心だったという。ぶれない信念で常にチームの支柱になった。三十路(みそじ)が近づき、体の変化にも敏感になった。練習後の居残り練習を誰よりもこなし、クラブハウスでもケアはぬかりない。帰宅後もストレッチを入念にし、食事にも気を使うようになった。

 今季はプロ後初となる2桁得点もマーク。J2では断トツの存在感を放ち、相手からのマークも厳しく付いた。それでも「結果を出せなければそれまでの選手」と常に高みを目指した。「この勝ち点と順位の差が本当の実力だと思う。僕たちはまだまだ強くないって改めて感じることが出来たのは良かった」。内に秘める目標に向かってまだまだ挑戦は続く。【青木沙耶香】

 ◆家長昭博(いえなが・あきひろ)1986年(昭61)6月13日、京都・長岡京市生まれ。G大阪ジュニアユースから同ユースへ。高校2年でトップ昇格を果たし、04年6月新潟戦でリーグ戦デビューし初得点を記録。08年大分、10年C大阪に期限付き移籍。同年12月にマジョルカに完全移籍。韓国・蔚山現代、G大阪、マジョルカ復帰を経て、14年から大宮に移籍。国際Aマッチ3試合無得点。173センチ、70キロ。

 ◆大宮アルディージャ 69年に日本電信電話公社(NTT)サッカー部として創設。87年から日本リーグに参加。92年からジャパン・フットボール・リーグ(JFL)2部に所属。98年にプロ化し、チーム名を大宮アルディージャと改称。99年に2部制となったJリーグのJ2に参加。04年に2位でJ1に初昇格。12年から13年にかけて21試合無敗のJリーグ新記録を樹立。14年は16位でシーズンを終え、J2に降格。今季はJ2で1位が確定し、1年でJ1に復帰。ホームタウンは埼玉県さいたま市。チームカラーはオレンジ。