エスパルスが、静岡のサッカー界が、ショックと深い悲しみで包まれた。清水の前GKコーチ真田雅則さん(享年43)の急逝から、一夜明けた7日、チームは予定を変更し、軽めのランニングのみで練習を終えた。前日は不明だった死因は急性心不全とクラブから発表された。あまりにも突然で、若すぎる最期にアフシン・ゴトビ監督(47)以下、選手たちの動揺は大きく、三保の練習場は静まり返った。新潟戦(14日、アウスタ)浦和戦(17日、エコパ)のホームゲームで献花台が設置される。
信じたくない事実に涙が止まらなかった。信じられない現実を受け止めるしかなかった。ゴトビ監督は「短い時間だったけど真田さんとは兄弟のような関係だった。このクラブの象徴であり、スーパースター。エスパルスのSは真田さんなのかもしれない。彼の素晴らしい時代、記憶を心にとどめておきたい」と、充血した真っ赤な目から涙を流した。
04年プロ入り1年目に現役時代の真田さんと一緒にプレーしたGK山本海にとっては、憧れの大先輩だった。「引退してからも僕のことを気に掛けてくれてプライベートでもよく面倒を見てくれた」。真田さんのプレーを見てプロを目指し、同じピッチでプレーした。今季はコーチと選手として再会を果たしたばかりだった。「自分が恩返ししたいという気持ちが強かった。でも、情けない大量失点とか。自分に腹が立つ。僕の後悔です…」と、かすれるような声で話した。
MF小野にとっては清水商時代からの偉大な先輩だった。「先輩であり、仲間であり、家族同然の人が、この世を去ってしまった。心の整理がつかない」と、突然の悲報にぼうぜんとした。
悲しみは計り知れないぐらい大きい。この状況で歩を前に進めるのは容易ではない。だが、プロとしての使命がある。ゴトビ監督は「我々のチームは、これから先の試合を真田さんと彼のご家族にささげたい」。永眠した真田さんと対面した竹内社長は「ご家族から『これからも強いエスパルスを目指して頑張ってほしい。それが遺志です』と言われた」と明かした。サッカー一筋、清水一筋で43年間突き進んできたエスパルスを象徴する「名GK・真田雅則」の記憶は永遠に生き続けていく。【為田聡史】
◆真田雅則(さなだ・まさのり)1968年(昭43)3月6日、静岡市清水区生まれ。現役時代は180センチ、75キロ。右利き。血液型B。<真田さんアラカルト>
◆高校時代
清水七中から清水商に進学。3年時には県選手権で史上初のPK戦までもつれた東海大一(現東海大翔洋)との決勝を制し、全国選手権決勝でも四日市中央工を2-0で下して同校初優勝を成し遂げた。同大会ベストイレブンにも選出された。
◆プロ生活
順大を経て、90年に日本リーグ全日空入り。92年に清水へ移籍。93年Jリーグ元年の第1節・横浜F戦で初出場を果たす。96年にV川崎(現東京V)をPK戦の末に破り、ナビスコ杯初制覇。99年にはJリーグベストイレブンに選出された。00年のナビスコ杯水戸戦で公式戦連続250試合出場を達成。その他にもリーグ戦で66完封や145試合連続フルタイム出場など、数々の記録を残した。その後、12年間でJ通算243試合に出場するなど、Jリーグ草創期から清水一筋で活躍。04年に引退。
◆引退後
05年、清水ユースのGKコーチに就任。08年からは千葉のトップチームのGKコーチを務め、今季から清水のGKコーチに就任。今月2日から体調不良により一時休養に入っていた。



