<フィギュアスケート:全日本選手権>◇22日◇さいたまスーパーアリーナ

 女子のSPでは、安藤美姫(26=新横浜プリンスク)は、首位の浅田真央(23=中京大)とは約8点差の5位発進となった。

 滑る前から感情があふれそうだった。6分間練習が終わりかけたころ、安藤は両手で顔を覆った。目は少し潤んでいるようだった。「全日本ってすごい特別な場所なんだな。幸せだな」。3年ぶりの舞台。中2で初出場した01年にいきなり3位、4回転ジャンプを決めた03年の初優勝も経験した舞台は、やはり独特の雰囲気だった。そして、それが「すごく楽しかった」。

 満たされたまま、演技に入る。現役最後のSPに選んだのはフランク・シナトラの「マイ・ウェイ」。歌詞は「そしていま、終わりが近づいた。終幕は目の前だ」と始まる。曲が鳴り始め、まさに戦いのフィナーレが演じられ始める。

 冒頭に組み込んだのは2連続3回転トーループ。「(休養する)2年前より上がった完成度でやり遂げたかった」。4月の女児出産で筋力、体力は落ちた。ただ、現役を続けるからには意地があった。そして、見事に着氷。続く3回転ルッツを降り、最後のスピンまで最高の舞台で踊り続けた。「100点以上です」。再び目頭が熱くなった。幾度も指で瞳をぬぐった。

 安藤

 つらかったり、悲しかったり、いろいろあったけど、一番うれしかった自分を表現したかった。マイ・ウェイを表現できた。

 そう振り返った安藤に呼応するように、その歌詞には「愛して、笑って、泣いた。ほしいものを手に入れ、敗北も味わった。そうしていま、涙が途切れ、全てがなんて楽しかったんだろうと気がついた」とある。

 リンクから離れたこの2年は涙を流すこともあった。だが出産後、8歳で競技を始めた頃のように日々が楽しくなった。娘の成長に合わせるように、スケートの技術を一から磨き、進歩がうれしかった。当時の恩師、門奈コーチらにジャンプを学び直す毎日に、幼少期のように周囲に感謝する気持ちも強くなった。

 そんな姿勢に周りも協力を惜しまなかった。イタリア人のリッツォ・コーチは、雨の浅草を1人で駆け回ってくれた。優勝した11年世界選手権前に安藤が浅草観光で立ち寄った、勝ち運がつくという寺院があると聞いてだった。そんな気持ちもうれしかった。

 本人の充実感とは離れ、五輪争いは5位では苦しい。「五輪はないなと思って来ている。世界のトップで戦った選手と同じ場所に立てて素晴らしかった。それだけで感謝」。そう話す表情は明るかった。

 「マイ・ウェイ」は最後「and

 did

 it

 my

 way!(私の人生を歩んできたんだ!)」と確信の言葉で締めくくる。現役最後になるかもしれない今日のフリー。競技者として、母として、そんな達成感に浸れた時、どんな結果が待っているだろうか。【阿部健吾】