右ひじ骨折で水泳の世界選手権を欠場した萩野公介(21=東洋大)が来月20日開幕の東京スイミングスクール(SC)招待記録会に出場エントリーすることが19日までに決まった。6月下旬に負傷した右ひじの痛みはほぼ消え、バタフライ、背泳ぎ、平泳ぎ、自由形の4泳法を全力で泳げるまで回復。先月からは東洋大水泳部の主将に任命された。ケガの期間はマネジャー業も務めたことで、周囲に目を配るなど精神的にも成長した。心身とも充実した状態で、約5カ月ぶりの復帰戦に臨む。

 怪物と例えられた強い萩野が戻ってくる。まだ通常の午前午後の2回練習はできないとはいえ、1日1回の練習では約5000メートルを泳ぎ、ときには全力で腕をかく。

 萩野 右ひじは65~70%までは回復した。80%といっても遜色はない。

 今月28日開幕のW杯(東京辰巳国際水泳場)にも出場できる状態ではある。だが、実戦復帰を焦って、患部を悪化させると、来年リオデジャネイロ五輪にも悪影響を及ぼす。そのため、今は来月20日開幕の東京SC招待記録会での実戦復帰に向けて練習を続ける。大学1年の2年前は4日間で10種目、昨年も8種目出場した。

 萩野 今年もたくさんの種目に出るつもり。心配はひじではない。まだ1日2回練習ができていないので、たくさんの種目に出て、バテすぎないかということが心配。

 ケガの間はマネジャー業を務め、仲間のありがたさ、大切さを実感した。4年生が引退した先月からは所属の東洋大で主将に任命された。

 萩野 今までは自分のことで手いっぱいだった。今主将の仕事もやらせてもらって、部員のみんなのことを考えたり、部のためにどうしたらいいかと考える機会が増えた。ケガをしてなかったら主将はできていない。

 高校までは主将経験はない。個人主義の傾向も強く、リーダーシップを発揮する機会もなかった。だが、欠場した世界選手権の結果を見て感じたことがある。渡部、星が金メダルを取った女子の活躍の一方で、男子は最終日の瀬戸の金メダルまで低迷した。

 萩野 自分が出て初日の400メートル自由形で金メダルを取っていたらチームの勢いは全然変わっていた。日本チームのために、何かもっとできることがある。尽くしたいなと。そのためには、東洋大の水泳部をまとめる力がないと、日本代表選手の気持ちを動かすことはできない。

 ケガの回復と精神的な成長。

 萩野 今は“頑張って”と言ってくれる人たちを驚かせるために、東京SC招待記録会で頑張ろうと思っている。“あいつ、もうこんなタイムで泳いだ”と言ってもらうために、頑張っている。今は人生で一番充実しているし、人生、楽しいっす。

 五輪1年前の挫折から確かにつかんだものがある。【田口潤】

 ◆萩野のケガ 6月28日、世界選手権に向けた合宿地フランス・カネで宿舎からプールに向かう途中、自転車で転倒。緊急帰国後の診断の結果、右肘橈骨(とうこつ)頭骨折で全治2カ月と判明。7、8月の世界選手権は欠場。9月の日本学生選手権復帰を目指したが、練習過多で肘が腫れたため、出場を取りやめた。右肘が完全に伸びない状態が続くなど、完治は遅れたが、地道な治療とリハビリもあり、全力で泳げるまで回復した。