プレーバック日刊スポーツ! 過去の8月10日付紙面を振り返ります。2012年の1面(東京版)はレスリング女子55キロ級の吉田沙保里が五輪3連覇を果たすでした。

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 女王が三たび頂点に立った。レスリング女子55キロ級の吉田沙保里(29=ALSOK)が、五輪3連覇を果たした。準決勝で、5月のW杯で連勝を「58」で止められた19歳のワレリア・ジョロボワ(ロシア)に雪辱。決勝では、04年アテネ五輪決勝や昨年の世界選手権決勝でも対戦したトーニャ・バービーク(カナダ)を下した。これで世界選手権を含む世界大会で12連覇を達成。「人類最強の男」アレクサンドル・カレリン氏が持つ連覇記録に並んだ。

 試合以上に力がこもっていた。照れるコーチの父栄勝さんの股にもぐると、吉田は一気に持ち上げた。どうしても五輪でしたかった父との肩車。後方宙返りと栄監督を投げるパフォーマンスで会場を沸かせた後、代表選考会で敗れて76年モントリオール五輪を逃した父に、その高みを見せた。

 「重かった。めっちゃ重くて『うぅっ』となった」。笑わせた後は感謝の言葉。「お父さんは五輪で初めてセコンドに入ってくれた。お父さんが行けなかった五輪で一緒に喜べたのは2度とないこと。最高に幸せ。心から幸せだと感じたので笑顔で終わりました」と、涙が一滴もない顔で感慨に浸った。父も「最高です。高かった」と喜んだ。

 試合前夜。最強を誇る女王も、不安と緊張の中にいた。目を閉じても寝られない。浮かぶのは対戦相手の顔。どう戦うか。そんなことばかり考えてしまった。「こんなに眠れないのは初めて。プレッシャーは、今までで一番強かった」。

 5月のW杯で19歳のジョロボワ(ロシア)に1590日ぶりに敗れた。4年前の北京前と同じ。しかし、今回は代名詞のタックルに迷いが出た。本番までたった2カ月半。日本選手団旗手の重責もあった。栄監督も「正直、五輪は難しいと思った」。断ち切ってくれたのは両親の言葉だった。母幸代さんからはメールで「勝負の世界に勝ち負けがあるのは当たり前。五輪で頑張ったらいいんよ」。栄勝さんには「小さいころのタックルを思い出せ」と。

 迎えた五輪。最初の2戦は動きが硬かったが、準決勝でジョロボワと再戦すると「燃えた」。両足タックルを返されたW杯と違って「返されないよう」片足に狙いを定めて飛び込んだ。最高の舞台で雪辱すると決勝では、昨年世界選手権決勝でリードする中、さらに欲張ったタックルを返されたバービークに、第1ピリオド(P)1分40秒、3点を奪う片足タックルを見舞った。第2Pもタックルで押し出した。圧倒。全4試合で1点も失わなかった。

 相手の研究をしたことがなかった女王は前夜、日付が変わるまで対策を練っていた。片足タックルへの変化も、頭を下げず返されまいとする姿も、今までと違った。「負けて気づかされた。余計なこともしないと。下手に攻めず、大人のレスリングができた。負けて勉強。その繰り返しで人は賢くなっていくんです」。

 五輪3連覇。そして世界選手権を含む世界大会でカレリン氏に並ぶ12連覇を果たした。9月には世界選手権がある。「超えたいよねぇ」。16年リオ五輪も「このまま勝てるんだったら、やってやろうじゃないかって気になりつつある」。暗闇を抜け出した女王には本来の明るさが戻っていた。まばゆいばかりの笑顔が、光っていた。

※記録や表記は当時のもの