阪神二神広報と昔話に花を咲かせる機会があった。09年ドラフト1位右腕で、選手からフロントへの転身組。ちょうど記者が密着取材していた1年目当時の裏話が興味深かった。
「あの時、なんでプロ最終年みたいな感じで自分自身を追い込んだんでしょうね。まだ1年目だったのに…」
そう苦笑いで懐古したのは、ルーキーで10年春季1軍キャンプに参加していた自分だ。
法大で全日本大学野球選手権を制し、大学日本代表でもエース。虎では背番号18を与えられ、超人気球団のドラ1ルーキーとして報道陣に囲まれる毎日。知らず知らずのうちに、重圧が必要以上に責任感を膨らませていったという。
開幕ローテ候補だった3月中旬に左内腹斜筋挫傷で離脱。当時は隠し通したが、実は1月から強い痛みがあったらしい。1年目の夏場、今度は右肘痛を発症。以降は本来の球筋を取り戻せず、未勝利のまま16年シーズン限りでユニホームを脱いだ。
「あの時はドラフト2位の藤原も2月に左足を痛めていて、1位と2位が2人とも離脱するわけにはいかない、と勝手に自分を追い込んでしまって…。そもそもケガをした自分が悪いんですけどね」
当時の自分を照れくさそうに振り返った後、二神は広報の顔に戻って、2軍調整中のドラフト1位馬場らルーキーたちの胸中を思いやった。
「やっぱり焦りすぎないでほしいですよね」
「虎のドラフト1位」を背負った男の言葉には、重みがあった。【阪神担当 佐井陽介】





