言葉の全てが重かった。巨人のキャンプ取材で宮崎滞在中、現地休みをもらったので鹿児島・南九州市の知覧特攻平和会館を訪れた。第2次世界大戦で特攻隊員が自らの死を覚悟しながら記した遺書がたくさん並ぶ。1月末に東京で大学の先輩と飲んだ時、「あれはすごいよ。心に来る。人生で1度は行ってみた方がいい」と進言された。「そこまでハードルを上げすぎても…」と思っていたが、想像をはるかに超えた。30分くらいの滞在予定が気付けば1時間半が経過していた。

鹿児島・南九州市にある知覧特攻平和会館の入館券(撮影・小早川宗一郎)
鹿児島・南九州市にある知覧特攻平和会館の入館券(撮影・小早川宗一郎)

24歳の自分と同世代、もしくは年下の若者の覚悟が1文字1文字に表れていた。古文のような堅い文で、きっちり覚悟を示す人。今の文章と変わらないような軽いタッチで思い出をつづる人。「日本のために成し遂げる、悔いは無い」と思いを遂げる人。母や妹、恋人との別れを嘆く人。戦時中に生きた同世代の若者はこれだけの覚悟を持って生きていた。

中にはプロ野球選手だった特攻隊員の遺書もあった。22歳で亡くなった渡辺静さん。「野球生活八年間 わが心 鍛へくれにし 野球かな 日本野球団朝日軍 渡辺静」。プロでの現役生活はわずか1年だったが、その時間がどれだけ重要だったかを示しているような気がした。

戦時中と程度の違いはあれど、巨人担当記者として、プロ野球選手の重い言葉や覚悟を聞くことがある。例えば引退するとき、あるいは初勝利、初ホームランなど節目のとき。もしくは調子が悪くてうまくいかないとき。アスリートは生活をかけて、人生をかけて、競争が激しい世界で戦い続けている。生半可な覚悟じゃ生き残れない。覚悟は言葉と行動になってにじみ出る。

知覧特攻平和会館は当時の特攻隊員の気持ちを広め、平和に生きられる現在が当たり前じゃないことを再認識させてくれる。野球が出来るのも、キャンプが見られるのも、おいしいものが食べられるのも当たり前じゃない。

我々スポーツ記者も目の前の選手の言葉や表情ににじんだ覚悟や思いを、発信して世の中に残していく役割を担う。もっとささいな言葉や表情を逃さずに感じ取らなきゃならない。もっと1人1人と向き合わなきゃいけない。もっと1日1日を大事に生きないといけない。記者として以上に人として、強くそう思わされるくらいに、同世代の特攻隊員たちの言葉は重かった。【巨人担当=小早川宗一郎】