「○○選手、サインくださ~い」。ロッテの沖縄・石垣島キャンプ。大勢のファンが駆けつけた。練習を終えて帰路につく選手たちの“サイン会”は、コロナ禍の規制社会から日常が戻りつつあることを感じさせてくれる温かな空気感だった。

ロッテでは室内練習場前の“選手タクシー乗り場”付近が、選手とファンが唯一交流出来る横幅約50メートルほどの“レッドカーペット”のようだった。柵はあるものの、直接話をする機会がなかったここ数年間に比べれば、距離も心も、かなり密になれる瞬間だった。

選手全員がファンの声に耳を傾け、タクシーのトランクに荷物を入れてから約5メートルの距離を歩み寄る。サインボールや色紙を手に待つ子供たちにとっては、向かって来てくれる“体の大きなお兄さん”たちの姿が、憧れの存在になるに違いない。

中でも、あえて言うなら「MVP」は昨季盗塁王の高部瑛斗外野手(25)だった。キャンプイン前の1月26日から石垣島で自主トレ。球場が散歩コースになっている地元の保育園児らとの交流も初日から始まっていた。時には手をつないで一緒に散歩して移動することも。「小さい園児もそうですし、『サインください』って言ってくれる子供たちの存在もうれしいですよ。ここ何年かは、こういうこともなかなか出来なかったですし。ありがとうございますって言ってもらえますけれど、こっちもいやされていますから、ありがとうです」。時には端から端まで1時間近くかけて“レッドカーペット”でファンサービスに対応する日もあった。

高部にとっても野球選手への夢を抱く、きっかけの1日があった。小学生時代、父と観戦に訪れた東京ドーム。巨人の高橋由伸(現野球解説者)が投げ入れたサインをキャッチしたのが、人生初のサインだったことを明かした。「小さい頃にサインとかをもらったらうれしかった記憶は残っている。僕は子供が好きですし、子供たちや見に来た方に、そういうことはやらせてほしいなと思っています。今年は交流の場も増やしてほしいなと思います」。高部に限らず、神対応の選手は数多い。取材する記者にとっても、ほのぼのとした空気感は疲れを少しいやしてもらった気がする。

一方、こんな場面もあった。タクシーは基本的には複数選手がまとまって乗り込む。ファンから声がかからなかった選手が、1人寂しくタクシーの座席に座って待っていることもあった。「自分からは『僕もサインしますよ~』とは行けないですし…。ちょっと悲しい瞬間ですよね。でも、野球で結果を出すか、出さないか。それがプロとしての評価ですから。結果を出せば声もかかります」。こういう悔しさもバネにして、活力に出来る機会もここ数年はなかったのでは。若手選手にとっては、これもまた成長につながる日常の復活なのかなとも思った。

ロッテでは3月4日の本拠地オープン戦開幕から、声出し応援も本格的に解禁となる。拍手応援も魅力はあるが、ZOZOマリンの大応援を受けてプレーした経験のない選手も増えている。ここ数年で主力になった選手は、自身の応援歌がない選手もいる。チーム最年長の荻野貴司外野手(37)は「大声援は大きな力にもなるし、期待を受ける重圧にもなる」と言う。私の個人的な持論だが、選手とファンの最大の“交流”は、球場で一緒に戦う声援だと思っている。チームや選手に感情移入する気持ちが深まるのは「一緒に優勝をつかむ」“戦友”のような心なのではないか。

子供たちの声に選手が奮起し、そのプレーにファンが歓喜する。声をからし、ジャンプして疲労困憊(こんぱい)になるファンの姿に、選手たちも結果で恩返ししてくれる。そんな1年が、ようやく始まる。野球だけじゃなく、他のスポーツも同じだ。2023年こそ、スポーツ生観戦の醍醐味(だいごみ)を味わいましょう!【ロッテ担当 鎌田直秀】