評論家の里崎智也さんと、1月31日から2月12日まで、宮崎から沖縄までぶっ通しでキャンプ取材に没頭した。2月6日キャンプインの西武は日程的に行けなかったが、他の11球団を周り、レンタカーでの走行距離は1500キロを超えた。雨続きだった宮崎に始まり、終わってみれば沖縄で里崎さんとこんがり日焼けして、終わった。
里崎さんのパワーはものすごい。ダンプカーのようにどんどん前に進んでいく。それでいて、チェックは緻密だ。シーズンが始まれば、12球団のペナントレースをフルにチェックし、チーム戦力を日々アップデートしている。
それだけでも情報量は圧倒的なものを誇るうえに、キャンプ中は球団フロントやコーチから、次々と新しい情報を仕入れていく。里崎さんの存在が引き寄せるように、どんどん関係者がそばにきて、選手の育成状況やチーム作りの変更点、さらには今秋ドラフトの予想など、多種多様で最新のニュースが里崎さんの耳に吸い込まれていく。独壇場の様相だ。
担当記者の私からすれば、ハリケーンのような里崎さんについて行くのが精いっぱい。レンタカーで安全にキャンプ地を回る、それだけを肝に銘じて食らい付く。
私はキャンプ取材中に、2つの象徴的な人の表情に遭遇した。
まず、先述したが里崎さんのキャンプ取材での集中力はものすごい。明るくて、その場を盛り上げてサービス精神旺盛なキャラクターだが、アップを見ている時、ピッチングで観察している時、そしてシートノックや、練習試合を見つめている時は、担当記者の私も気安く声をかけられない。
評論のテーマをものすごい勢いで考えているからだ。じっとグラウンドを見つめていると、サッとスマホをのぞきだす。もちろん、私は画面をのぞき込むような邪魔はできない。だが、データや、選手コーチのキャリアを確認しては、人と人のつながりを確認し、評論テーマを広げていく。
どのキャンプ地でも、じっとグラウンドを見ていた里崎さんが、こちらを向いて「脳内が開きました」と言って笑う。あらかじめ訪問する前からイメージしていた評論のテーマに則して、選手のプレーや、課題を見つけ、頭の中でそれがしっかりつながった時、破顔一笑で「できました」と言う。
その一瞬が訪れるまで、隣の私は「考える評論家」が漂わせる迫力に圧倒されている。集中を邪魔しては申し訳ないという気持ちと、少しでも雑談して取っかかりをつかみたいとの思いは、相手の醸し出すオーラにはね返されてしまう。
里崎さんとしては当然のことだろうが、ブルペンではブルペン捕手のキャッチングの細部から、投げている主力投手の球筋をイメージする。シートノックでは送球が逸れた時の、周囲の声掛けの中身に耳を澄ませ、どんなリアクションでやり直すのか、そのままにしておくのか、そういう部分に視線を送っている。
そんなところに着眼しているのかと、こちらは後になってハッとする。そして、その視点はほぼ一期一会。同じ手法はあまり使わない。それも「考える評論家」の底知れないパワーだろう。
レンタカーを運転して球場に到着して、取材を始めて、昼過ぎに「脳内開きました」と言われて、ようやく里崎さんの考えを聞いて原稿に向き合う。その間、雑談しているかと思えば、ものすごい目つきで何かを凝視したり、調べ物を始めたりと、オンとオフの切り替えが目まぐるしい。
こちらとしては、邪魔をしないように、隣からビシビシ伝わってくる気迫に、ほどよい距離を保つだけだった。
取材中にファンの方から声がかかり、写真、サインを求められるが、1人でも応じてしまうと数十人が列を成してしまう。そうなると、近くで観戦している人の迷惑にもなりかねないし、それこそバックネット裏では階段を踏み外したらけがの危険もある。
本当はサインや写真に応じたいが「すいません、今は仕事中ですので難しいです」と、断ったのはキャンプ取材中100回や200回では済まない。「(サインがもらえず)肩を落として階段降りていくお子さんや、ファンの方を見ると、僕も本当に悲しい思いです。どうにか、ならないですかね」。そういう時の里崎さんの顔は、少しだけ両眉が「ハ」の字になって、悲しそうだった。
人だかりができてしまえば、もう練習も見られなくなる。そうなると、里崎さんの評論にも支障が出てしまうだろう。隣で、そう感じながら、そう言いたくても言えずに「今はちょっと難しいです」と、繰り返す里崎さんに何の助け舟も出せなかった。
ファンサービスを巡る里崎さんの苦悩を間近で見ていた私は、強烈な場面に出くわした。取材を終え、すべての仕事が終わり、一緒に夕食を取っていた。沖縄料理の店で、ほぼ満席だった。向かい合わせのテーブルだった。
「ジーマーミ豆腐は本当においしいね」などと談笑していると、里崎さんのかたわらに女性が立っていた。女性からは、必死さが湯気のように沸き立っていた。ただごとではない表情で1、2秒ほど固まったまま。
「お食事中に本当に申し訳ありません…、里崎さんですね?」。声は震えていた。「はい、そうです」。リラックスしていた里崎さんは穏やかに返答すると、女性は言葉を続けた。
「プライベートでお食事しているのに…、本当にごめんなさい…」。そう言うのが精いっぱいのようだった。極度の緊張と、どうしても話しかけたいという衝動で、感情が揺さぶられているのだろう。
ほおが細かく揺れている、そして口元も寒さに耐えているように細かく動いている。尋常ではない、必死さだ。両手を口元に添えると、涙がボロボロ、ボロボロとこぼれた。
すると、里崎さんは「いいですよ、写真撮りましょう」と言って、女性を隣に座るよう促した。「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝る女性は、スマホに向かって泣いたまま。里崎さんが「笑って、笑って」と言ってはじめて泣き笑いで、元気よく両手でピースをして、真っ赤な目でニッコリ笑った。
「お話し中に、お邪魔して本当にすいませんでした。ずっと里崎さんのファンでした。ここでお会いできて、本当にうれしかったです。これからも、応援します。ずっと応援します」。そう言って、何度もおじぎをして店を出て行った。
キャンプ取材では評論原稿に並々ならぬ気迫を放ち続ける里崎さんも、この女性の鬼気迫る必死さには完全に圧倒された様子だった。「ものすごい、気迫でしたね。でも、ありがたいですね、あんなに一生懸命に言ってくれて」と言って、元のテンションに戻った。
キャンプ取材中の里崎さんも、食事中に訪れた女性ファンも、本当に真剣で、一生懸命だった。ただひたむきに、没頭している人のエネルギーに、いちいち説明はいらないということだろう。
長々と無粋なことを書き並べたが、2つの真剣勝負を見せられて、一番心を打たれたのは、担当記者の私だった。【井上眞】








