甲子園の銀傘下を突っ切るカラスを見るたび、阪神高橋遥人投手(28)を思い出す。決して、似ているからではない。よく見るとかなり凶暴そうなカラスと、優しい高橋の顔は似ても似つかない。共通点があるからではなく、亜大時代の逸話が忘れられなかったからだ。

「練習している最中に、カラスにバッグをくちばしで開けられて、昼飯にするつもりだったサンドイッチを持っていかれたんですよ。でも、カラスが相手でも怒らなくてね。優しい子ですよ」。プロ入りして間もないころ、亜大時代の恩師、生田勉元監督(57)がそんなエピソードを教えてくれた。甲子園で同じような被害にあったわが社の後輩は、パンをくわえて飛んでいくカラスに向かって怒鳴り散らしていたが、高橋はそんなことすらしなかったのか…。

カラスに本当にしてやられたのかを本人に聞いてみると「監督がそう言われたなら、それでいいです」としょんぼり。多少、脚色入りのエピソードだったのかもしれない。ただ、監督の口調には、高橋への優しい思いがにじんでいた。

その高橋が11日の広島戦(京セラドーム大阪)で、1025日ぶりに勝利投手となった。左肘や左肩などの度重なる手術を経て、1軍戦力に返り咲いた。都内の自宅でテレビごしに見守った生田元監督は「立ち上がりの初球が大きかったですね。内角のいいところに、ストレートが決まった。球速も148キロ。あれで気持ちが落ち着いたんではないですか」と、投手の勇気になった第1球の効果を語った。

歩いた道のりの険しさを、恩師はもちろん知っている。何かが起きるたび、相談に乗ってきた。高橋の不安に寄り添ってきた。大事な左腕を痛め、長い長いリハビリに取り組んでいたときも、うまくいかないことは幾度もあった。それでも高橋が不運を呪ったり、何かのせいにするような言葉は「1度も聞いたことがなかった」という。「それが何よりえらかったところじゃないかな」と芯の強さを喜んだ。

広島戦のあと、メジャーに挑戦するくらいの意気込みを持って頑張るように激励した元監督に、高橋も「目標は大きい方がいいですね」と返してきたという。そんな思いを語り合える日が、2人に戻ってきた。【堀まどか】