自宅から甲子園球場に向かうために利用する阪神なんば線の車窓から、工事の進捗(しんちょく)状況がよく分かる。首を大きくひねり、線路の両サイドを見るのを楽しむ日々が数カ月、続いている。

来季から兵庫県尼崎市に完全移転する阪神2軍の新施設。2軍の球場とは思えない重厚な内野スタンドがそびえ、外野のフィールド一体には青々とした芝がすでに敷きつめられている。今にも球音が聞こえてきそうな迫力がある。スケールも機能性も大きく広がる、新しい「虎の穴」に記者も胸を躍らせている。

線路をはさんだ向かいに建設中の選手寮と室内練習場の外観も立派そのもの。寮の名称は、ファンにもなじみ深い「虎風荘」が引き継がれることが決まっている。この名称では、甲子園のすぐそばに62年にオープンした初代、94年から今に至る2代目に続き、尼崎が3代目になる。

虎風荘という名称には、伝統球団らしい由緒があることを最近知った。当時の球団オーナー、野田誠三氏が61年にしたためた「命名書」が存在する。甲子園球場の設計者であり、のちに野球殿堂入りも果たした同氏による書には、新たな寮の名称を決めるにあたり、中国の故事から引用したと明記されている。

「虎嘯風生 龍騰雲起 英賢奮發 亦各因時」

虎が吠(ほ)えれば風が生まれ、竜が昇れば雲が湧く。風雲のような時勢を得て英傑は出現する-。

本物の虎は時代に呼び寄せられる、または時代を呼ぶ、といった解釈ができる。勇ましさあふれる命名書だ。額縁に収められ、現・虎風荘の2階、食堂に近い廊下の柱に長年、掛けられてきた。今は一時的に取り外され、甲子園歴史館で一般公開中。ファンにとっても阪神の歴史を知る上で貴重な機会になった。

一方で、今の選手はほとんど、名称の由来について説明を受ける機会がないそうだ。「虎のように風を切って…」「深く意味を考えたことはなかった」と、頭をかく現役寮生の気持ちも分かる気がする。

命名書はもちろん、次の虎風荘にも持ち込まれる予定。令和の時代も、若虎たちに無言の叱咤(しった)を送り続ける。たけだけしく吠え、風を巻き起こすべく、日々鍛錬に励む英傑の卵たち。先人が未来へ込めた大志を、いつまでも受け継いでいってほしい。【阪神担当=柏原誠】