選抜高校野球が終わったばかりの4月、春季高校野球東京大会。ある試合で試合中に三塁コーチが球審から呼ばれた。短く言葉をかけられていた。直前にしていた、捕手のサインをのぞき込むような動きを注意された様子だった。

コーチスボックスから身を乗り出し、一生懸命、サインを見定めているように映った。相手チームや審判の目を気にせず、無防備に、あっけらかんとサイン盗みと疑われる動きをする現実がある。相手チームの監督は、この姿を目の当たりにして抗議する気もうせていた。同大会では、サイン盗みと疑われる場面は複数回あった。

サイン盗みを公言するチームは、ない。ルールで禁止され、フェアプレーに反する意識はある。否定するチームばかりだが、その指導法を聞くと、具体的な答えを持たない監督もいた。

撲滅するには、長きにわたりサイン盗みとは決別してきた指導者の生の声に耳を傾ける必要がある。日大三高の小倉全由監督(62)、中京大中京高の高橋源一郎監督(39)を取材した。

日大三・小倉全由監督(2018年7月26日撮影)
日大三・小倉全由監督(2018年7月26日撮影)

小倉監督 うちはそういうの(サイン盗み)は必要ありません。(以前監督を務めていた)関東第一高の時から同じです。

小倉監督は「そういうこと」と表現し「サイン盗み」という用語を使わない。例えば、中学年代でそうした教育をされた生徒にはどう対応するのか?

小倉監督 仮にそういう生徒が入ってきたら、三高では必要ないと教えます。やめさせます。

相手チームに疑われる動きがあった時は?

小倉監督 防御するやり方は普段から話し合っています。フラッシュサインをブロックサインに切り替えるとか、やり方はあります。それで防げます。そういうことばかりに気を取られずに、野球そのものに集中できる環境を整えたい。それが私の考えです。

小倉監督の野球観には首尾一貫した理念が見える。

小倉監督 打席を頻繁に外したり、なかなか打席に入らないなどの行為はしません。マナーの問題です。汚いやじは生徒にはさせません。うちのサイドのスタンドから飛んでいたら、やめるように話します。

言葉の端々に、サイン盗みが入り込むスキがないことを感じる。

中京大中京・高橋源一郎監督(2015年8月撮影)
中京大中京・高橋源一郎監督(2015年8月撮影)

中京大中京は、甲子園で春夏通算133勝、春夏通算11度優勝とも歴代1位を誇る(夏78勝、夏7度優勝、夏22連勝も1位)。

高橋監督 ミーティングでも「我々は甲子園で一番勝っている学校というプライドを持とう。フェアプレーをしよう」と何度も言って、絶対にやらせないようにしています。ルール的にダメなものはダメなんです。学校(学校法人梅村学園)の建学精神に「四大綱」がありますから。

同校は<1>ルールを守る<2>ベストを尽くす<3>チームワークをつくる<4>相手に敬意を持つ(HPまま)を掲げる。

高橋監督 (一般的に)指導者がやるなと言っても選手が勝手にやる時はあります。でも「バレなきゃいい」ではなくて、根本の問題だと思います。取られる(愛知では盗まれることを指す)方も悪い。選手には「取られない工夫をしよう」と言っています。先日、紅白戦中に(監督の知らないところで)選手同士が「見えてるぞ」「取られるぞ」という声掛けをしていた。その場で紅白戦を止めて、どうしたら取られないか徹底しました。あまりにひどい場合は抗議も必要。試合中にサインを変えるなど対策はしています。

名門だから、選手層が厚いから、強いから、サイン盗みに頼らなくて済むという見方は通用しない。正々堂々と戦って勝つこと。そこを目指さなければ「サイン盗み」の入り込む余地は簡単に生まれる。

勝利でしか達成感を伝えられない監督と、いかにして戦い、勝ち方の中身にまで意義を問う監督では生徒の「学び」は決定的に違ってしまう。選手は監督の姿勢を映す鏡であることを、高校野球を思う大人は胸に刻まねばならない。【井上真】