球審の目から、サイン盗みはどう映っているのか。そもそも、試合中に気付くことはできるのか。高校、大学、社会人の各カテゴリーで合計1000試合以上を裁いてきた小山克仁氏(57=アジア野球連盟審判長)に、マスク越しに見える実態を聞いた。

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球審を務めた夏の甲子園のある試合で、小山はボールデッド中に捕手から懇願された。

「小山さん、もう勘弁できません。あいつね、ずっと手で教えてるんです」

「えっ、本当かよ?」

インプレー後、二塁走者の怪しい動きを視認。タイムをとって駆け寄り、二塁走者に「手でコースなんて教えるな!」と注意した。

疑惑に上がる、走者からのサイン伝達。球審の視野には入るのか。「基本的には投球に集中しているし、極端な動き以外は捕手から言われないと気付かない」という。一方で「古典的だけれど、打者が捕手の構えたコースをチラッと見るのはどの審判でもすぐ分かる」。そういうマナー違反を小山は「後ろを見るな!」と一喝してきた。

マナーには厳しく「ジャスティス・コヤマ」と呼ばれることは自覚する。信条はグラウンド・ティーチャー。「学生野球では審判も指導者。試合中のマナーやルールは、私たちに責任がある」と肝に銘じ、21年間の審判人生を送った。

シドニー・オリンピックに派遣されるなど、世界の野球にも造詣が深い。多様な経験をもとに断言する。「日本の野球は世界のマナーに反している」と。

投球間隔が長く試合も長くなる。捕手がショートバウンドを避ける。判定不服のアクションをとる…ある国際親善試合の初回、日本の先頭打者が2球目で捕手を“チラ見”すると、相手国監督は「こんなチームと親善試合はできない!」と選手をベンチに引き揚げさせたという。試合開始直後にもかかわらず、だ。

「勤勉で礼儀正しい」とされる国際社会での日本人像は、野球に関しては別なのか。「ルールに書いていないからいい、それが日本人の悪いところ」と小山は力説し、ボークを例に挙げた。「ここまでは大丈夫、ここからはボーク。日本人はそう探求する。それは違うだろ、って」。

審判として、選手に求めるのは「尊重」の2文字だ。例えば、台湾代表は打席に入るたびに審判に敬礼するという。カナダ、オーストラリア、イタリア、南アフリカ…と小山は好マナーの国々の名を挙げた。相手への尊重、ルールの尊重。「日本の野球選手はルールの精神や歴史を学ぶ機会がないのが課題です」。

投手と打者の1対1で、野球は始まる。小山は「これを楽しまずに何を楽しむのか。最高の投手からヒットを打ったらすごい喜び。第三者の力を借りたら、それはもうスポーツじゃない」と声高に訴える。何人たりとも介在しない、スポーツマンシップが凝縮された18・44メートルを求めている。(敬称略)【金子真仁】

◆小山克仁(こやま・かつひと)1961年(昭36)8月22日生まれ。神奈川・相模原市出身。法政二(神奈川)から法大へ進学。卒業後は海老名市役所勤務の傍ら、高校野球、東京6大学野球などで審判を務めた。現在はアフリカへの野球振興にも尽力している。