世代を超えて支持されるグラブの型付け方法がある。久保田運動具店のブランド「スラッガー」グラブに用いられる「湯もみ型付け」。そのルーツを探るべく、早大3年時から20年間にわたり同社グラブを愛用した鳥谷敬氏(41=日刊スポーツ評論家)が福岡へ。「湯もみ型付け」の生みの親、江頭重利氏(90=久保田運動具店顧問)を訪ねた。

鳥谷氏(左)は久保田運動具店顧問の江頭氏を訪問。同氏の90歳記念限定グラブを手に笑顔(撮影・佐井陽介)
鳥谷氏(左)は久保田運動具店顧問の江頭氏を訪問。同氏の90歳記念限定グラブを手に笑顔(撮影・佐井陽介)

鳥谷がドアノブを引き、日焼けした顔をのぞかせる。江頭は満面の笑みで立ち上がった。久保田運動具店福岡支店を舞台に10年ぶりの再会。「初めまして!」。名匠が早速ジョークを飛ばし、一気に場が和む。

「お久しぶりです。今日は湯もみ型付けの歴史を聞かせてもらいに来ました」

好々爺(や)は「うんうん」とうなずき、まずは1960年代の長崎まで時代をタイムスリップさせた。

当時、江頭はまだ30代だった。久保田運動具店の社員として、西鉄ライオンズの島原キャンプに同行。寒さをしのごうと炭俵に集まる選手と談笑していた時、何げないワンシーンからヒントを得たのだという。

「田中勉という主力投手がいましてね。火をおこした炭俵で手を温めていたんです。ただ、じかに手を当てると熱すぎる。グラブをはめた左手で暖を取っていたら、革の油が溶けて中心に集まって、どんどん柔らかくなっていたんです」

より使いやすくなったグラブを手に、田中はうれしそうにグラウンドへ戻った。その背中を目で追いながら、江頭は当時まだ広まっていなかった「型付け」の土台を思いついた。

ただ単に新品のグラブを用意するのではなく、手になじませた状態で渡すことはできないか。試行錯誤の末、まだ硬いグラブをガスこんろの上であぶり、丹念にもみほぐして柔らかくする方法を確立。独自の「型付け」は好評を得たが、そこで満足せず改良点を模索し続けたから、今がある。

福岡支店長に就任して数年が過ぎた70年代前半。中学生とその父親が店に駆け込んできた。雨の中に置き忘れ、グラブがカチカチになってしまっていた。

「なんとかしてもらえませんか?」

親子の懸命な願いが独自の「型付け」をさらに進化させるターニングポイントになるとは、この時点ではまだ知るよしもなかった。

今も昔も「革製品は水にぬれたら終わり」が常識。それでも江頭は親子のために定説を覆そうと脳をフル回転させ、スチームサウナの原理にたどり着いた。

「温めた石に水をかけると蒸気が出る。すると人間の皮膚は柔らかくなる。じゃあグラブだって、水にぬれた後に乾かして蒸気で温めたら柔らかくなるんじゃないかなと考えたんです」

大胆な発想転換は功を奏し、ズブぬれのグラブは再び機能性を取り戻した。この経験をベースに、江頭は「湯もみ型付け」を考案。斬新なアイデアは次第に野球界で評判を呼び、後にスター選手となる高校球児の耳にも届くこととなった。【佐井陽介】(敬称略、つづく)

◆江頭重利(えがしら・しげとし)1932年(昭7)、佐賀・大和町(現佐賀市)出身。小学生時を満州で過ごして46年に帰国。佐賀商を経て51年4月に久保田運動具店に入社。68年7月から福岡支店長に就き、16年7月に顧問就任。野球グラブの「湯もみ型付け」を編み出し、12年に厚生労働大臣から表彰される「現代の名工」を受賞。13年には「黄綬褒章」を受章。