昨年12月28日昼すぎ。年末の東京・町田市にある日大三高の野球部合宿所「三志寮」は、冬の強化合宿最終日を終え、ほっとした空気の中にあった。そんなゆったりした雰囲気の中で、三木有造監督(49)が司法試験の合格証書を両手で頭上に掲げ、野球部OBたちに披露していた。

かたわらには同3月で退任した小倉全由前監督(66)がいる。小倉さんも目を細めて何度も何度も「岩切、お前、すごいよなあ。すごいよ、本当にすごいぞ」と、感嘆の声を漏らした。その言葉は隣でニコニコしている岩切太輝さん(24=同3月東京学芸大・教育学部卒)に向けられていた。

日大三高野球部では投手として活躍できなかった岩切さんと、当時部長だった三木監督、白窪秀史コーチとのつながりを元に、岩切さんが超難関の司法試験予備試験(以下予備試験)と本番の司法試験に、いずれも初挑戦で合格するまでの道程をたどった。

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日大三高野球部では公式戦出場経験はない。引退すると、六大学野球を目標に掲げ、東大進学を目指した。1浪して東京学芸大に進み野球を続け、大学3年の6月、将来の仕事として弁護士になる決意を固める。

そこから多い時で1日12時間を費やし、六法全書に没頭する。司法を志してから1年後の大学4年の22年5月、予備試験を受け、7月の論文式試験、11月の口述試験を経て突破。出願ベースで1万6000人に対し、合格者450人強。合格率約2・8%を1度目の受験で見事にクリアした。

昨年3月に同大を卒業。4月に東京大学大学院法学政治学研究科に進学。司法試験初挑戦となった7月の受験で手応えをつかみ、11月8日に晴れて合格証書を手にした。

東大生でも予備試験、司法試験には何年もかけて挑戦するほど難易度は高い。日本の国家試験では超難関とされる予備試験、司法試験を、いずれも初挑戦で通過する”超”がつく快挙だった。

合格への苦労話より、岩切さんがひときわ楽しそうに説明してくれる場面がある。合格者が集まった時のワンシーン。

岩切さん まず、お互いの情報交換をします。ほとんどの人は東大です。そして出身高校となると灘高や、開成などの超有名進学校ばかりです。その中で、僕は「日大三高です」と言うと、たいていみんなが「えっ?」という顔をします。そしてすぐに「あの野球の強い日大三高?」って聞き返されます。すると中には「ということは野球部?」と聞かれることもあります。その時に「はい」と答えると、みんな本当に驚いてくれます。

岩切さんにとって「高校は日大三高です」と答えることが何よりの誇りだ。高校野球では輝けなかったが、寮生活を送りながら必死にもがき続けた3年が、どんなにハードルが高くても音を上げない、強く、くじけないメンタリティーを、岩切さんの中に根付かせていた。

3年の17年センバツ大会では記録員として甲子園の土を踏み、3年夏は西東京大会の準々決勝で終わった。引退が決まり、東大を目指す決意を当時の小倉監督、三木部長、白窪コーチに伝えた。

岩切さん 最初、監督さんに「東大を目指します」と伝えた時、監督さんは「そうか、東農大か。あそこ野球は強いよな」って言われてしまって…エヘヘヘ。

今となっては楽しい思い出だ。そして、一転して真顔で続けた。

岩切さん 監督さんも、三木さんも、白窪さんも一度として「無理だろう」とか「考え直せ」って言わなかった。いつでも前向きな言葉をかけてくれました。

11月、東大模試を受ける。高校野球での悔しさから、六大学であこがれの神宮のマウンドへ、捲土(けんど)重来を期した。野球の力量を考えた時、学力という困難はあったが東大を選択した。

その東大模試の成績表を、岩切さんは今も大切に保管している。日大三高のスポーツクラスではトップ成績だったが、全国の秀才の中にあって、岩切さんの立ち位置は想像以上に厳しかった。

偏差値18。驚愕(きょうがく)の数字だ。ライバルたちが得点を重ねる中、突出して岩切さんの得点が低くなければ出ない数字でもある。国語では受験者4238人中、4227位。英語は4217人中、4209位、まさに最後尾からのスタートだった。【井上真】(つづく)

◆岩切太輝(いわきり・たいき)1999年(平11)8月15日生まれ、宮崎県小林市出身。小林市立三松小から三松中を経て、日大三高に進学。1浪して東京学芸大に進学し昨春卒業。今春から司法修習生としての生活が始まる。家族は、小林秀峰高校で野球部監督を務める父隆公(たかひろ)さん(52)と母、妹の4人家族。184センチ、86キロ。左投げ左打ち。

◆予備試験(正式名称=司法試験予備試験) 司法試験を受験するには受験資格が必要。予備試験に合格するか、法科大学院を修了する必要がある。予備試験は法科大学院を修了した者と同等の学識を有するかを判定する。司法試験法第5条に基づき毎年1回行われる国家試験。2011年から実施。合格率は約3~4%、最難関の国家試験の1つ。予備試験に合格すれば、およそ90%近い確率で司法試験にも合格すると言われている。

23年12月、岩切さん(中央)の快挙を祝福する日大三野球部の三木監督(左)と小倉前監督
23年12月、岩切さん(中央)の快挙を祝福する日大三野球部の三木監督(左)と小倉前監督