夏の甲子園も終わり、アマ野球界は再び大学野球がにぎわう秋が近づく。メディア露出が減る夏、大学野球の選手たちはどう過ごしているのだろうか。東京6大学野球リーグでプレーする大学4年生3人に8月、会いに行った。第1回は今秋ドラフト1位候補、明大・宗山塁内野手(4年=広陵)のもとへ。
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墓石を丁寧に磨くことから、秋季リーグ戦へ向けての真夏が始まる。宗山も精魂込めて、丁寧に。
「とにかく感謝して。今の僕たちの環境があるのも当たり前ではないですし、それを作ってくださった方です。感謝して、秋も頑張ります…というような」
明大硬式野球部の伝統を築いた島岡吉郎氏が故郷の長野・高森町に眠る。町内の墓地で今なお「御大」と呼ばれる偉大な先人に頭を下げてから、飯田市の球場へバスで移動、ユニホームに着替える。てんこ盛りの白飯と信州名物の山賊焼きで満足すれば、夏季キャンプの始まりだ。
NPBスカウト陣がそわそわすることはもうない。宗山は元気だ。「今はもう100%です。体のどこにも不安なく、普通に練習をやっています」。3月の練習試合、死球で右肩甲骨を折り、選出された侍ジャパンの試合にも出場できず。春季リーグ戦には間に合ったもののわずか5試合でフィールドから姿を消した。「上半身のコンディション不良」と説明があり、報道陣に言葉を発する機会もほとんどなかった。
田中武宏監督(63)はあらためて「右手中指の第1関節の骨折」と明かした。これも練習試合中の負傷だった。今秋ドラフト会議の目玉とされる選手が、春はグラウンドに姿がない。とりわけネット上は穏やかな声だけではない。宗山は心中を振り返る。
「注目していただけることはすごいありがたいんですけど、その分こう、自分のやることっていうのが世間に広まりやすいっていうところは、やっぱりなかなか。自分でも『こうなのにな…』とか思う部分もあったんですけど、見てくれてる人はちゃんと見てくれてるかなって思いで。だから自分が何をやるべきなのかを信じてやるだけかなって思っていたので」
感情のぶれはなかったのか。「特には…」と濁す。長く落ち込まず、切り替えて前を向いたと振り返る。「この経験を良くするも悪くするも自分次第だと思ってるので。これから先も長いと、自分では思ってますし」。卓越した遊撃守備をはじめ、技術への評価が落ちることはない。ただ、胸を張って先へ進むためにも秋は大事だ。数字も含め。
春季リーグ戦、明大は2位だった。宗山不在での2位…とも言えるが、それで「よくやった」というほど甘い戦いではない。
「優勝した早稲田さんに、ちょっとの差で負けたと思っています。逆に言えば、その“ちょっと”を自分たちでつかむことができれば。大学に入って3連覇を経験させてもらうこともできましたけど、あの時のように優勝することができる戦力はそろっていると思うんです。本当にちょっとのところ。でもその甘さっていうところを、練習から突き詰めてやっていく必要があります」
あまり大それた話はしない。組織で動く人なら誰もが抱く、満足に働けなかったことへのもどかしさや申し訳なさ。受け止めながらもしっかり前には立ち、脈々と継承される明治のDNAを次へとつなぐ。「秋は本当に、4年間の集大成を出したいです。宗山、4年間で変わったな…そう思ってもらえるように」。
南信州の涼風がさらっと髪を流す。春と夏を経て、イケメンに少し深みが増した。「またよろしくお願いします」。バスへと歩く背中から迫力さえ感じる。強い覚悟もきっと、秋の宗山塁を一段と引き立たせる。【金子真仁】
(つづく)
◆宗山塁(むねやま・るい)2003年(平15)2月27日生まれ、広島県三次市出身。三良坂少年野球クラブで野球を始め、中学時代は高陽スカイバンズでプレー。広陵(広島)では甲子園に2度出場。175センチ、80キロ。右投げ左打ち。







