今春卒業を迎える大学野球経験者の進路を紹介する「4年生たちが歩むそれぞれの道」最終回は、野球に一区切りを付け「バルセロナ」に就職予定の法大・国府田将久投手(4年)。
◇ ◇ ◇
法大卒の記者は色めき立った。母校の硬式野球部が公開した今春卒業予定の4年生の進路。ヤクルト1位松下歩叶内野手(22)もさることながら、異彩を放ったのが「国府田将久 バルセロナ」だった。リバウド、ロナウジーニョ、シャビ、メッシ、イニエスタ、ガビ、ペドリ、ヤマル…。世界のサッカーファンたちを湧かせてきたスペイン名門クラブ・バルセロナから内定を得た後輩がついに母校から現れた、と思った。
一体どんな人物なのかと想像を膨らませていたら、国府田の内定先は北海道・札幌すすきので6店舗営むニュークラブグループの“バルセロナ”。東大や京大出身の社員も在籍し、現在は業界初の米国株式市場上場を目指すベンチャー企業だ。就職活動で不動産やIT業界、コンサル業界など計6社の内定を得ながら、なぜ同社への入社を決めたのか。かねて抱いてきた自身の課題と向き合う視点で就職先を選んだ。
グラウンドを離れれば1人でいることが好きで、7歳の頃から続けてきた野球が周囲とつながる橋渡しを担った。大学で野球を一区切りすることを決めた後、どうやって社会に貢献できるのか正直分からなかった。「社会人になる上で1人で生きていくことはできない。今のままではいけないから、自分の成長に重きを置きたい」と考え、今までの自分なら決して踏み出さない水商売業界に飛び込んだ。
国府田 今までは野球を通じて一緒の目標があるからこそ、人と関わることができた。これからは野球にすがるわけにはいかない。どんなに技術が発展していっても、人との関わりが社会で生きていく上で一番根底にある。今の自分には欠けていて人並みではないけど、(水商売は)避けては通れない。主役はキャストさんで、自分は裏方。貢献できることは限られてるけど、人の関わりを改善していくことにコミットできるような環境を選んだつもりです。求められる時に求められることをしたい。
磐城(福島)から法大に進んだサウスポーは4年間でリーグ戦のマウンドに立つことはできなかったが、野球をやめたいと思うことは一切なかった。試合に出られず悔しかった半面、スライダーを生かすべく球速を伸ばそうとコツコツとやってきた。その成果が非公式ながら、4年秋に151キロを出すまでに成長。追い求めてきた数字に到達し、これまでの努力が報われた気がした。「これから何かつらいことがあった時にも、自分の心の支えにはなるとは思います」。
山あり、谷ありと人生は長い。4年間苦楽を共にした仲間たちとの交流は、卒業後も続いていく。「同期のピッチャー陣みんなで箱根でゴルフしようなんて言ってるんですよ」。うれしそうに話す国府田の姿が印象に残った。【平山連】(おわり)
○…国府田は法大野球部の過去のスコアブックからひもとき、約2万字の卒業論文を執筆した。88年春秋リーグ戦と24年春秋リーグ戦を比較。大島公一監督(58)の在学時に当たり、3度目の4連覇を成し遂げる途中段階だった88年は平均5点を取れる得点力があったのに対し、24年の平均得点は2点台に減少した。四死球や1試合あたりの失点数は変わらなかったが、残塁数は後者が前者より2倍に増加した。決定力を欠いた点などを指摘し「野球部に返せるものを卒論のテーマとして扱いたかった」と文武両道を極めた。
◆国府田将久(こうだ・たすく)2003年(平15)4月18日、福島・いわき市生まれ。父の影響で小学1年から野球を始める。磐城時代は20年夏の甲子園交流試合にメンバー入り。投手専念した法大ではリーグ戦出場はなかったが、最速151キロを投じるまでに成長。168センチ、67キロ。左投げ左打ち。




