胸をつかれるような出来事があったのは昨年、日本シリーズを前にしたときのことです。

オリックスが25年ぶりにシリーズ出場を決めた後。「シリーズ期間中にオリックス関連でコラムを書きますか?」。デスクからそんな話をもらいました。

この数年、「虎になれ!」としてシーズン中、阪神の全試合でコラムを書かせてもらっています。

その阪神は2位に入り、クライマックスシリーズ(CS)に出場したものの敗退。無念のシーズンを終えていました。

ガックリとくる関西の野球ファンを救うようにオリックスが優勝し、CSも勝ち抜いてシリーズ出場を決めました。そのタイミングでの依頼です。

「高原さんは95年の日本シリーズも現場で取材しているし、当時と対比しながらいまの戦いを見るのも面白いのでは」。そんな狙いでのコラム。こちらも望むところだったのです。

同時に少々、困ったなという気持ちもありました。内部の話で恐縮なのですが当時の資料がないことに突き当たったのです。

もちろん当時の東京本社版の紙面は見ることができますし、雑誌などまとまった資料もなくはない。しかし当時、自分が書いていた記事、生の紙面を見たいという気持ちがあります。しかし、その現物は会社にない。なければ書けないというものではないですが、やはりほしい。ないのか…。

そう思っていたとき突然、思い出しました。「たしか彼女が何かスクラップしてくれていたな…」。

私の妻は2000年11月、3番目の子どもを出産した11日後に突然、この世を去っています。亡くなる直前まで「3人も産めて幸せやわ」と言っていましたが別れはいきなりでした。

それから父子家庭で過ごしてきて21年。スクラップのことはもちろん頭にはありましたが、どういうものなのか、しっかり確認したことはありませんでした。それを探してみたのです。

何度か引っ越しもしたので不安でしたが、はたして、スクラップブックはありました。少し変色していましたがしっかり読めます。何より驚いたのが完璧に記事を切り取って、丁寧に貼り付けていることです。

小さい子どもの世話をしながら、家を空けることの多いダンナになんの文句を言うどころか、ただの一記者のなんてことない記事をここまで丹念に整理してくれていたのか。

「なんと…」。思わずつぶやきながらページをめくれば25年前、自分なりにイチロー氏らを懸命に取材し、記事を書いていた頃が鮮明に思い出されます。

こんなに丁寧にスクラップしてくれていたのか。この世を去って20年以上がたっても助けてくれるのか。そんな思いで胸が詰まってしまったのです。

特にいいものは書けませんでしたが、シリーズ中、無事にコラムを書くことができました。ありがとう。胸の中で、妻にそんな言葉を掛けました。

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プロ野球は伝統ある興行です。選手、関係者はもちろん、ファンも、さらにその報道に携わる立場の者にも、いろいろな思い出があり、自分の境遇を投影させる部分もある。だからこそ、こんなに人々を引きつけるのだと思います。

新たな年が明けました。今年の野球はどうなるのか、そして自分たちの人生は…。そんな思いをはせる時期、私事で誠に申し訳ありませんが自分自身のことを書かせていただきました。2022年、今年もよろしくお願いします。【高原寿夫】