前監督の情報がまったく出なくなった。岡田彰布のことだ。藤川球児が新監督に就任して以降、岡田に関する記事が消えた。

どうしているのか? と思っていたところに連絡が入った。日刊スポーツのトラ番からだった。「球場に姿を見せました」。久しぶりの登場となった。なんでもトレーニング機器を使って、体を動かしていたとのこと。それを聞いて、まずは安心した。体調は戻りつつあるようだ。

いまから2週間ほど前、岡田は「入院」していたのだ。かかりつけの病院で10日間ほど、検査入院していた。その間、外部から連絡は取れなかった。それがやっと連絡がついた。「そうよ、入院してたからな。明日(24日)には退院するけどな」。まだ声はかすれ気味だったが、体調は回復。また元気な66歳に戻ってくれそうだった。

肉体的にも精神的にも「強さ」を誇示してきた岡田でも、やはり監督業の激務は相当な重圧だった。特に気持ちの面だ。岡田は決して本心は明かさないけど、感触としては「もう1年」監督を続ける意欲を持っていたはず。就任していきなり日本一に導き、今年も最後まで優勝争いを演じ、本人も来年はもう1度、日本一を…と心に刻んでいたはずだった。

ところがそんな意思は関係なかった。あくまで阪神球団は2年契約を前面に出して「監督、2年間、ご苦労さまでした」と、契約満了を推し進めた。それは唐突の処遇ではなく、その後の短期間での岡田退任-藤川球児の新監督就任の計画通りのストーリー完結でわかることになった。

この時点で岡田自身の意思を伝える機会を失った。契約の満了…とされれば、契約社会で生きてきた身として、それに従うしかなかった。

CS直前、岡田はひと言だけ残している。「張り詰めていたのが、ポキッと折れたような感じやった」。がくぜんとなった後に襲ってきた心の揺れ…。体調の変化、悪化はこうして生まれたのだ。

かつて野村克也も星野仙一も語っていた。「阪神の監督は巨人よりも相当きつい」と。岡田もまた苦しんだが、これは阪神監督の宿命というべきもの。「やっぱりブレたらアカンわな。自分の考え、自分が描く野球。これを貫くことが、監督として重要なこと」。反響が日本一ともいえる阪神だけに、これを押し通すのはなかなか困難。それに44歳の新監督、藤川球児が挑むことになる。

「日本一になったし、心残りなんかないわ」。番記者を前に、こう言い放った岡田だったが、その裏では「あと1年」という思いが届かなかった悔いが残った。それを受け継ぎ、球児がどう立ち向かっていくか。心の強さを磨いてきた男だけに、プレッシャーもそうは関係ないとみているのだが。(敬称略)【内匠宏幸】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「岡田の野球よ」)

阪神対DeNA 7回表、投手交代を告げる阪神岡田監督(2024年10月13日撮影)
阪神対DeNA 7回表、投手交代を告げる阪神岡田監督(2024年10月13日撮影)