中日の2019年のドラフト1位・石川昂弥内野手(24)はプロ7年目に入った。中日が開幕からつまずき苦しむ中、石川もまた悩みながらファームでバットを振る日々だ。
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代打で出てカウント1-1から、内角の真っすぐに詰まって三ゴロ。速い球に対しての備えが足りない、そんな印象だった。
石川のことはこれまでも何度かリポートしてきた。本来はファームからリポートする選手ではない。1軍投手との高いレベルでの勝負に磨かれる選手だ。2023年には121試合に出場し、13本塁打を放っている。
もう何度もあらゆるメディアが石川の可能性を高く評価して、7年目になってしまった。もちろん、試合に出てくれば、自然とその打席に目がいく大砲だ。ファームでくすぶっているとはいえ、能力は申し分ない。いつか、2023年以上の覚醒を期待するから、どうしても打席に目が吸い寄せられる。
が、内容を見るとあっけない、そしてもろい。打てない時の石川の悪い部分だけが、再現フィルムを見るかのように目の前を過ぎていく。また同じかな、そういう印象も、これで何度目だろう。こうやって、人の記憶から、未完の大器は消えてしまうのかもしれない。
ずいぶんと辛辣(しんらつ)なことを書いたが、それでも私には、少しだけ引っかかるものがあった。試合前のフリー打撃を見終わって、やっぱりスケールの大きなバッティングはいいなと、当たり前の感想を持ち、チャンスがあれば話を聞こうとベンチで石川が引き上げてくるのを待った。
フリー打撃は終わっているのに、なかなかベンチ裏に姿を見せない。おかしいなと思い、ベンチの横にあるスイングスペースに目を移すと、石川が鏡の前でテイクバックの動きをチェックしていた。まあ、どの選手も同じだが、全集中してわずかな違いを探しているようだった。
自分の感覚と、鏡に映る動作の違和感をどこかに探しているように見えた。つまり、しっくり行かないのだろう。何度も、テイクバックを取る、その動きを確認する。その動作を繰り返していた。特別な練習ではない。私も現役の時にはやったごく標準的なチェック方法だった。
私はそんな石川を見て、少し考えてみた。私の担当記者と話した時、野球経験のない記者はこう言った。「まったく経験のないものから言わしていただければ、テイクバックでそんなに研究することがあるんでしょうか?」。
私は少し笑いをこらえながら、ごくごく控えめに答えた。「そんなことを言ったら、全世界の野球に真剣に取り組んでいるバッターから、いっせいに怒られるぞ」。
いい機会なので、野球経験のない方にも、少しでも理解を深めていただくため、座学になってしまうが、多少言葉を添えてみたい。バッティングは、まずテイクバックからスタートする。大ざっぱに言うと、投手の投球フォームを見ながらテイクバックを取る。そして、トップの位置にあるバットを始動して、ミートする。
仕組みとすればそういうことになるが、このバッティングの初手にくるテイクバックが、本当に大切なのだ。そして、難しい。表現としては多少雑になるが、テイクバックという動きだけを切り取って考えれば、難しい話ではない。投球に備えて、しっかり構えに入るための動きだ。野球を見たり、軽くしたことがある人なら、おそらくほとんどの方は動きとしてのまねはできるだろう。
それが、投手の動きに合わせて、そして自分の間合いで準備に入るには、あらゆる感覚を研ぎ澄まさなければならない。ただ、バットを引いて、構えに入ればいいということではい。
少しだけ細かく言うなら、投手との間合いの戦いという側面がある。バッターは常に自分のリズムでテイクバックできるわけではない。投手の動きに合わせ、そして自分が一番しっくりいく構えになるべくいいリズムで入らなければならない。
準備が遅れるため、あるいは準備が早過ぎると、自分のなかの感覚、リズムが崩れてしまい、ボールに押し込まれる。実に繊細なものだ。それが、どんな打者であってもテイクバックにこだわる最大の要因となる。簡単そうに見えるのだが、それを本当に自分のものにするのは、大変難しい。
常に変化する。投手との組み合わせもそうだし、試合展開もそうだ。さらに自分の体調やメンタル、好不調という波もある。その中で、安定にして常に同じリズムでテイクバック取れる打者など、おそらくいないのではないか。
その中で、石川は具体的にこう言っていた。「右足のためができないといけないと自分では思っています」。右打者ならば右足のため、言い換えればしっかり重心を乗せることができるか。左打者ならば、左足ということになる。
これも言葉を追えば、それほど困難に思わないかもしれない。しかし、難しいのだ。試合で投手と対峙(たいじ)して、この右足にしっかり重心を乗せること、それができる時もあれば、あっさりとできなくなる時もある。できなくなると、バッティングの初手が崩れるのだから、打てる確率は一気に下降線をたどる。
だから、このテイクバックがおかしくなった時、すぐに修正できる打者が、すなわち数字を残せる打者だと私は理解している。こうして説明している私は捕手として、相手のテイクバックのリズムを崩すために、内角を攻めたり、緩急をつけたりして、いかに準備万全でテイクバックさせないかに腐心してきたのだ。
私の経験上、落合博満、そしてイチローは、きわめて高い修正能力を持っていた。実際に打席の彼らを捕手として観察した感想だ。だから、テイクバックに苦しむ石川の気持ちもわかる。誰しも打者ならば同じ苦しみの中にいるからだ。
おそらく、野球をはじめてからずっと、石川もこのテイクバックの動きや、トップの位置からミートまでのスイング軌道、こうした仕組みを考え続け、試行錯誤を続けてきたのだろう。だから、伸び悩んでいる、とは思わないが、もがいているその心中は察することができる。
「そんなに悪いと思わないんですが…」と、石川は短くそう言っていた。もしかすると、数多くの打席に入ることができれば、いずれ本来のテイクバックを取り戻す自信があったのかもしれない。スケールの大きな右の大砲候補として、球団からは非常に大きな期待を寄せられた。
チャンスも与えられ、結果を残した時もあった。しかし、時間は流れ、高卒といえども7年目は、もう1軍に同行して戦力になる時期。石川ならばレギュラーを取っていても不思議ではない。それは本人も自覚している。だから、苦しいのだろう。
プロの世界に慣れていく一方で、無条件で使ってもらえるチャンスはどんどん減っていく。与えられる打席数も少なくなっていくだろう。その中で、素早く構え、自分の間合いでスイングできる一連の動作を自分のものにしないといけない。
2026年4月のベストのテイクバックを模索し、5月のテイクバックを見つける。その繰り返しでしかない。鏡の自分を見て必死にいつ、どこが、どうしっくりいかないんだと、自分に問いかける。
フリーバッティングで、見ているものの気持ちを晴れ晴れとさせるような大きなバッティングで、打球をスタンドで弾ませる石川は、試合になるとどこか窮屈になる。そのギャップがそのまま今の石川の苦しさなのだと、鎌ケ谷で複雑な思いに浸った。(日刊スポーツ評論家)





