元プロ野球選手に新たな肩書が加わった。元ロッテ投手の香月良仁氏(36)は1月1日付で、熊本市のeスポーツ専門企業「e-spear(イースピア)」の代表取締役社長に就任した。

16年にロッテを退団後、古巣である熊本ゴールデンラークスに戻り、兼任コーチやフロント業務を担った。20年にラークスを運営する鮮ど市場を退社。自らの会社である「R&Associates」を立ち上げ、第2の故郷である熊本を拠点に、スポーツ事業、環境事業など、幅広く活動している。今回、イースピア側の要請を受け、就任を受諾。社長業を兼任することになった。「僕もeスポーツには可能性を感じていました。野球の衰退が叫ばれている中、何かできないか? と考えていたんです」と、eスポーツの面からも野球振興に力を入れていくつもりだ。

と、ここまでは、もしかしたら、それほど目新しい話ではないかもしれない。香月氏の取り組みで斬新なのは「野球」「eスポーツ」に第三のファクターを加えることだ。それは「農業」。それぞれの頭文字を取り「BeARプロジェクト」と名付けた。

野球(Baseball)の「B」、eスポーツの「e」、農業(Agriculture)の「A」、そして改革(Revolution)の「R」だ。「BeAR」は動物のクマ。熊本にかけている。野球、eスポーツ、農業の三位一体で、熊本を元気にしていく思いが込められている。

プロ野球選手を引退し、熊本に戻ったら、農業の危機を目の当たりにした。後継者がおらず、耕作放棄地が増えている。新規就農しようにも、農機具や土地に多額の先行投資が要る。このままでは、農業県・熊本が衰退する…。ラークス時代、鮮ど市場のスーパーでコロッケを揚げていた香月氏だからこそ、生活者の視点で気がついたのかも知れない。

プロジェクトは始まったばかりだが、アイデアがあふれ出ている。

▼B(野球)とe(eスポーツ)

同じく元プロ野球選手の兄良太氏(38)と軟式野球チーム「Team SPEAR」を創設する。例えばだが、子どもたちと試合の前半は野球ゲーム(eスポーツ)で対戦。後半を、リアルな野球で続ける。

「僕がサッカーゲームでオフサイドのルールを覚えたように、今の子どもたちはゲームで野球を覚えている。野球に触れる窓口なんです。ゲームなら、子どもの方がうまい。いい勝負になり、盛り上がる」

▼e(eスポーツ)とA(農業)

農家の人たちに、eスポーツ大会のスポンサーになってもらう。農産物を賞品として提供してもらい、PRしてもらう。コラボ商品も作り、サイトで販売する。

▼A(農業)とB(野球)

熊本の農産物を野球選手に提供して体づくりに使ってもらう。「Team SPEAR」の選手たちが農家を訪れ、農作業を手伝うことも考えている。

これらの活動は、ネットで配信していくそうだ。

熱っぽく語る香月氏だが、冷静にこうも言った。「eスポーツを使って農業を応援する。そのツールに野球を使うわけですが、正直、それは野球じゃなくてもいいんですよね」。確かに、同じことをサッカーやラグビーがやってもいい。ただ、さらにこう続けた。「でも、僕は元プロ野球選手。野球で社会に貢献できればと思いました」。

鮮ど市場を退社した後、実は、最初は「元プロ野球選手」の肩書を使わずに新たな人生を勝負するつもりだったという。野球抜きに、どれだけやっていけるか試したかった。だが、自身のキャリアを生かさないでいいのか…。悩んだ末に「元プロ野球選手の肩書を使わないことが、間違いになる時もある」と思い至った。

「まずは熊本で始めますが、同じ枠組みは、全国で可能だと思う。ビジネスとして広がっていけば、プロ野球選手のセカンドキャリアの選択肢も広がると思います」と思い描く。野球振興、農業振興、地方振興、セカンドキャリア。「eスポーツ」というキーの下、多くの可能性を追い求めていく。【古川真弥】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「野球手帳」)

◆香月良仁(かつき・りょうじ)1984年(昭59)1月22日生まれ。福岡・久留米市出身。柳川、第一経済大から熊本ゴールデンラークス。07年、都市対抗、日本選手権出場。08年にも都市対抗。同年ドラフト6位でロッテ入団。15年には、リリーフとして自己最多40試合に登板。16年まで実働6年で通算65試合、4勝3敗1セーブ、防御率4・58。ロッテ退団後はラークスで兼任コーチなどを続け、20年に鮮ど市場退社。現役時は180センチ、82キロ。右投げ右打ち。

「e-spear」が開催したeスポーツのシンポジウムの様子(香月氏提供)
「e-spear」が開催したeスポーツのシンポジウムの様子(香月氏提供)