第106回全国高校野球選手権の地方大会と本大会が23日、全日程を終えた。3441チームの高校生たちに、それぞれ後悔もあることだろう。

2カ月間でおそらく70試合前後を取材した。私も後悔がそれなりにある。最大の後悔は甲子園準々決勝、神村学園(鹿児島)-大社(島根)だ。

神村学園対大社 アルプスの応援団にあいさつをする大社の選手たち(2024年8月19日撮影)
神村学園対大社 アルプスの応援団にあいさつをする大社の選手たち(2024年8月19日撮影)

3回戦までで大いに盛り上がった大社アルプスの熱気は、高校野球という事象を正確に知るためにもしっかり浴びておきたかった。試合前に神村学園側のアルプス取材を終え、試合序盤には大社側に着いた。

「イエーイ!」の叫びの大社ウエーブで話題になった応援歌「サウスポー」など、確かに熱気はすごかった。「すごい」を記事にするには可視化が必要だから、音量測定アプリでいろいろな声を計測した。WBCの日本戦での声援を超えたシーンも何度かある。

暑かったし、小雨も降っていた。攻撃を終えると、通路に引っ込んで涼んだりもした。出入りするうちに、1人の野太い声が気になった。

アルプス上段の端席に座っている1人の男子生徒だ。

「いいぞいいぞ!!」

「頑張れ!!」

「あと1球あと1球!!」

メガホンに乗せた声は、守りでやや静まった大社アルプスでなかなか目立つ。

野球部員ではなかった。彼の隣は男子生徒たち、前には女子生徒たち。おそらくクラスごとに固まって座っているだろう。

周りが静まっている甲子園のアルプスで、1人で応援の大声を出すことはたぶん、普通の高校生にはできない。恥ずかしいとか照れるとか、そういう年頃だ。大人だってできない人がきっと、たくさんいる。

ピンチを抑えると周りは100デシベル超の大歓声を上げる。でも彼は叫ばない。うれしそうに「ウンウン」とばかりにうなずいている。

話、聞きたいな-。何度か足が動きかけたが、動かなかった。控え部員や選手の保護者に取材に行く記者は何十人もいるけれど、一般生徒エリアには1人も記者がいない。私が行くことで彼に気まずい思いをさせてしまったら申し訳ないと思ってしまった。

音量測定アプリでとんでもない大音量を計測できるかもしれないし、時間的にそっちに集中しようかな…という思いもあった。

私は彼の名前も学年も立場も、結局知ることができなかった。

大社対報徳学園 グラウンドの選手らに声援を送るアルプスの大社応援団(2024年8月11日撮影)
大社対報徳学園 グラウンドの選手らに声援を送るアルプスの大社応援団(2024年8月11日撮影)

なぜ大声を出そうと思ったかも、周囲は静かなのに恥ずかしくなったのかも、昔からそういうタイプなのかも、大社の野球に心動かされたからなのかも、今までの人生で応援されてうれしかったのはどんなことだったのかも、これからどんな人生を歩んでいきたいのかも、もう、何も知ることができない。記事にすることができない。

大社があの流れで勝ち上がれば、アルプスが大盛り上がりになるなんて、十分予想できる事象だった。それよりあの場で最も価値があったのは、きっと心を動かされた1人の高校生が周りを気にせず叫んでいたことではないだろうか。彼の姿は周囲の生徒たちにも間違いなく波及していた。

高校生の彼はあんなに全身全霊だったのに-。若手記者たちに指示やアドバイスをする立場だったのに、あそこで彼に声をかけなかった自分はいったいなんなんだろう-。

何かの糧にしなくてはいけないし、もし名前も分からない彼に今からでも後日談を聞けるなら、東京から出雲なんてもう、近い近い。【金子真仁】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「野球手帳」)