2月の宜野座キャンプ、ある日のことだ。いつものように虎番記者たちの取材に応じていた指揮官・岡田彰布が発した言葉に思わず笑ってしまった。笑ったというと失礼か。古い表現では「わが意を得たり…」という感じかも知れない。

阪神球団への愛情から今回の監督就任に至ったわけですが-。若く真面目な記者の質問に対する岡田の答えはこんな感じだった。

「阪神球団に愛情いうてな…。球団に愛はないよ、別に。そら、阪神という名前に愛はあるけどな」。真っすぐな質問に、苦笑しながらもズバリ言ってのけたこの感覚。それこそ少しは会社に“忖度(そんたく)”してもいいのではと思ったが、この人にはそういうものはない。

勤め人で言えば、最近では事情は変わっているが、以前は学校を出て入った会社に“骨をうずめる”ことは普通だった。自分が希望し、入社を許された会社だ。だが、そのときの経営陣、あるいは上司に対して強い思いがあるか-と言えばそれはまた別の話。ほとんどの人が同じだろう。

日本は好きだし、日本国民であることに誇りは持っている。WBCで日本が優勝すればうれしい。だけど、では現政府、国の体制などを含めたものを全面的に支持しているかといえば、そんなことはない。これも普通の感覚ではないか。

どうでもいいことを長々と書いたが強調したいのは、もろもろを超越した岡田の“阪神愛”だ。これまでも書いたが「この人に阪神の監督をやってほしい」と虎党が願う存在で「阪神の監督になりたい」と考える人はそれほど多くない。

そこには独特の事情がある。12球団でも人気はトップクラス。その裏返しでファンやメディアからのプレッシャーもきつい。闘将・星野仙一が「阪神の監督は他とは違うんや」と言い切っていたゆえんだ。そんな中、岡田は阪神の監督をやりたかった人物だ。

結果がすべての世界である。前任者・矢野燿大も優勝していればWBC優勝監督・栗山英樹のように「選手の背中を押す」ムードの指揮が高く評価されていたかもしれない。

岡田も同じだ。アレできれば「さすが」と称賛されるだろうがダメなら「やっぱり古いんちゃうか」と言われるだろう。そんな厳しい世界に再び戻ってきた65歳の挑戦。さあ、開幕だ。「楽しみやな」。岡田はそう言った。(敬称略)