野球用具メーカーの名門「SSK」の協力を得て、道具選びのイロハを紹介します。最終回は用具の規定について考えました。
(2016年2月10日付紙面から)

- 巨人坂本勇人
野球を始める子どもを対象に、成長に合わせた道具選びを紹介してきた。SSK社の小林邦夫さん(55)は、「私自身、小さなころからもっと考えて、正しい知識を備えて野球をしてきたら良かったなぁ、と思いますね。今思えば長年、間違っていました。野球を始めたからには、ぜひ木製バットまでたどり着いてほしい」と優しく語る。
高野連が定める「高校野球用具の使用制限」を読むと、実に細かな規定が明記されている。高校球児が当たる大きなカベは、「900グラム『以上』」という金属バットの規定だろう。甲子園では、グリップテープの巻き加減で1グラムでも軽ければ、はねられてしまう。規制の歴史を頭に入れ、今の立ち位置を理解しよう。道具選びにもトレーニング面でも、損はない。
甲子園に金属バットが登場したのは、1974年の夏である。黎明(れいめい)期は950グラムほどだった。メーカー各社は研究を重ね、金属の厚みを削っていく。極薄の「軽くて長いバット」を追い求め飛距離が伸びていく。飛距離の追求が弊害を生む。
山びこ打線の池田(徳島)、PL学園(大阪)なら清原&桑田のKKコンビ。当時の「キュイーン」という甲高い打球音を覚えている方も多いだろう。難聴となる選手が出て、騒音問題にもなった。金属が薄すぎ、粉々に砕ける危険も話題になった。「消音バット」の規定が設けられたのは91年。星稜(石川)松井秀喜が2年生の時である。当時ゴジラが使っていたバットは、今では非常に長い86センチのトップバランス。重さは850グラム前後が主流だった。
軽さの追求と選手の技術アップが加速し、悲劇が起きた。超高速の打球が頭部を直撃し、死亡事故が起きた2001年に、現在の規定が設けられた。「重さ900グラム、長さ83~84センチ、ミドルバランス」。スイングスピード=飛距離の考え方が浸透し、今の球児が多く使っているバットだ。
元巨人監督の原辰徳氏(57)は、金属バットが採用された直後に高校時代を過ごした。「早くから重いバットを使うのは、いいこと。パワーを蓄えることが、野球人生の大きなプラスとなる」と言う。確かに、高卒プロ野手が入団から1軍に定着する期間が、過去と比較して短くなっている。日本ハム中田に大谷。西武浅村。巨人坂本。スラッガーとして注目され、時間をおかず1軍に定着した「規定後」の選手である。
一方で途上の選手、小柄なアベレージヒッターにとって、「900グラム以上」は厳しい関門である。体に合わないバットを振り込むことで、間違った技術が染み付く。バットを扱いきれず、能力や個性が埋もれる。さらに高いレベルを目指す上での足かせとなりかねない現実がある。体のサイズや体力測定の数値に応じ、バットの規定を細分化するなどの柔軟さがあれば、長く野球を続ける選手の分母は増えるかもしれない。
商業主義を排す理由から、高校生は光沢を放つエナメル素材のスパイクを使ってはいけない。リストガードなど、身を守る保護具の使用にも許可が必要となる。丈夫なエナメル製がOKなら、買い替えの頻度は減る。リストガードが防ぐ死球のケガは本当に多い。選手は、規定の中でベストの道具を選択する。規定を決める側は、安全で、ベストのプレーができる環境を追求する。双方の努力が不可欠だろう。【小島信行、宮下敬至】(おわり)



