第100回全国高校野球選手権新潟大会は7月7日に開幕する。メモリアル大会の甲子園に足を踏み入れるのは、どの学校か。春準V校の関根学園は今春からマスクをつける4番打者の玉木信吾捕手(3年)が攻守のキーパーソンになる。
玉木が本塁付近で発する声はノックの間、途絶えなかった。右手で方向を示しながら声を張り上げ、野手に指示を出している。「試合のプレッシャーに打ち勝つための自信は、練習からきている」。放課後のグラウンド練習は1日4時間。玉木を含む寮生は午後11時の消灯前に約30分間の素振り。早朝5時半から約1時間のバットスイングが日課だ。豊富な練習量に加え、春の北信越で福井商に勝った事実も自信の裏付けになっていた。
外野手から捕手に転向した玉木が背番号2をつけたのは今春から。「やったことがなく、一から始めた捕手は難しいけれど、やりがいはある」と新ポジションと今でも格闘中だ。巨人の小林誠司捕手(29)やソフトバンク甲斐拓也捕手(25)のプレーをテレビで見て配球術を研究。元ヤクルトの古田敦也氏(52)の著書「フルタの方程式」を読んで捕手の心構えを学んだ。「勝利に近づくかどうかは捕手の責任、というようなことが書いてあった」。打撃では4番を受け持つだけに、攻守の軸になる。
エース西本航紀投手(3年)とは寮で同室。意思の疎通は日常から図っている。「西本は気持ちが強い。“オレの球を打てるなら打ってみろ”という感じで投げる」と玉木は、エースの強気な性格を生かしながら配球を組み立てるつもりだ。捕手で4番は投打に負担がかかるが、安川斉監督(58)はこう話した。「リード面で苦労しているから、本当は4番から外したいが、チームで1番バットを振ってきたのはあの子。打線の顔として4番に座る方がいい」。
関根学園が日本文理に夏の県大会決勝で2-4のサヨナラで敗れた14年夏のゲームを、玉木はハードオフ新潟のスタンドで観戦していた。そのとき、勝ったチームよりあと1歩で大舞台を逃した関根学園に心をひかれた。「日本文理を倒して甲子園に行きたい」。その思いをこの夏、実現させるために奮闘する。【涌井幹雄】
◆玉木信吾(たまき・しんご)2000年(平12)5月17日生まれ、新潟市出身。巻西中出。新潟江南リトルシニアでは投手兼外野手。1年春から登録メンバー入りし、背番号17で中堅手として先発。1年夏は背番号7ながら代打要員。2年夏は控え捕手として登録され、同年秋は一塁手としてスタメン出場。右投げ左打ち。179センチ、85キロ。

